幻想水滸伝U

第七話 暗い所に慣れない宿星

体全体で微振動を発して震えるハジャを背中越しに見やったメグは深く、深くため息をついた。
それと同時に、前にもこんな事あったと少しだけ懐かしく思いながら。

「久しぶりに呼び出したと思えば・・・」

「俺だって店長の頼みじゃなきゃこんな所こんわい!」

「子供じゃあるまいし、一人できてよ」

ガタガタと震えながらもハジャが小脇に抱えて離さない木の箱が、城の地下にある墓場に来た原因だった。
ガンテツという坊主にお墓に備える米を頼まれ、ハイ・ヨーからそれを持って行くように言われたのだ。
メグもハジャも知らないが、そういう風習があるらしい。

「それで、ガンテツさんは何処にいるの?」

「いや、店長は行けば解るって」

「長居したくないならちゃんと聞いておいてよ。来たのにわかんないじゃない」

地下にあるだけに薄暗く、ぱっとあたりを見渡してもガンテツの姿は見えない。
もしかしたら勝手に置いて行けばいいのかも知れないが、置いていけばいい場所もわからない。
自分の背後でガタガタと震えるハジャを見て、目立つ所においていこうかと思い始めたその時、
突然ハジャが後ろからメグに抱き付いてきた。

「ぎゃーっ!」

「キッ、なにすんのよ!」

当然のごとく振り払い殴る。

「ばっ、ちげーよ。そこで白いなんかがフッと」

「あ〜白々しい。あったまきた。人を呼び出しておいて・・・もう、帰る!」

再度振り払うようにハジャを蹴り飛ばすと、メグは本当にハジャを置いて行ってしまう。
久々の呼び出しだけあって楽しみにしていたのだからしょうがないだろう。
一人薄暗い墓場に取り残されるハジャ。

「まずい、このままでは・・・マジ腰が抜ける」

すでに抜けかけた腰では立つ事がままならず、ずりずりと地面を張って脱出を試みる。
だが、ふっとハジャの視線である地面すれすれに二本の足が現れた。
ゆっくりと視線を持ち上げていくと、この墓場にはかなり不釣合いな可憐な少女が目に映る。
その白すぎる肌は、ある意味において似合いすぎでもあった。

「で、で、で・・・でで」

「先に断っておくが、お主。言葉は選べよ?」

「あっ・・・え〜。見目麗しきバケモノが目の前に現れやがりました。悪霊退散」

「おろかもの」

ソレを聞いた三秒後、ハジャは雷のような激しい衝撃に襲われた。





「して、お主は・・・何者じゃ」

「えっと、一般市民でございます。限りなく薄っぺらい矮小なる存在です」

「ふむ」

シエラは近くの墓石に腰掛けて足を組み、その足元でハジャは土下座をして頭を地面にこすり付けていた。
せめてシエラがもう少しハジャの存在を擁護すれば頭を上げられたものを、土下座は続く。

「先ほどの行動は、矮小にしてはちと大胆であったのう。結果としては逃げられたが」

「ちがっ、あれはアンタが!」

「誰が面を上げて良いといった。頭が高い」

ハジャの台詞はシエラの足が顔に押し付けられた事で止められた。
どう見ても歳が離れているようには見えないが、逆らえなかった。
理由は明らかで、得体の知れないシエラが怖いからだ。
反対にシエラは少し楽しそうに見える。

「仕方ない。わしが少しお主に男の鏡とやらをみせてやろう。ちょうど良い相手も着たことだ。ソコに隠れておれ」

「へいっ!」

妙な言葉遣いで返事をすると適当な墓の影に隠れるハジャ。
シエラは少し離れた誰かの墓の前に跪き両の手のひらをあわせた。
そこにシエラの言う丁度良い相手、クラウスが現れた。





「貴方はシエラさん」

「・・・クラウス様」

意外な人物を見たようにクラウスが声をかけると、シエラも驚いた様に振り向く。
先ほどの尊大さとは天と地の差にハジャはコッソリとつっこんだ。

「このような場所で・・・貴方もお知り合いの?」

「いえ、名も知らぬ方のお墓です」

「名も知らぬ方ですか」

あまり開かれていそうに無い目をさらに細めてクラウスはどういうことだと必死に考えている。

「私にはクラウス様のように戦う事はできません。ですからせめてこの戦いで亡くなった方のお気持ちが安らぐようにお祈りをしておりました。私にはコレぐらいの事しか」

「シエラさん」

節目がちに己の非力を嘆くふりをするシエラ。
あまりにその演技がうまく、ちょっと可愛いと思ってしまいすげえぜ姉さんと何故か崇める。

「ここは少し冷えるようです」

クラウスはその健気さに騙されそっと自分の上着を脱いでシエラの肩に掛けて、優しい笑みを送る。

「亡くなった方を大切にするのも結構ですが、ご自分も大切にしてください。風邪でもひかれては大変です」

「クラウス様」

それ以上何も言わずにクラウスは目的の墓石がある場所へ行き手を合わせた。
そしてハジャとシエラはそっとその場を離れた。





「うわ・・・鳥肌がたった。すげえぜクラウスの兄さん」

「わらわの認めた男、当然じゃ。あやつはいつもああやって死した者を忘れん。軍師という上に立つものだからこそ満身すまいと自らの責任と真っ向と向き合っておる」

「へぇ、俺あんまり軍師って職の奴が好きじゃなかったけど・・・ちょっと考え方変わった」

もちろん嫌いなのは誰なのか言うまでも無い。
それに兄さんと言ったが、ハジャとクラウスは同い年である。

「お主も女子の気を引きたかったらアレぐらい純粋に生きてみよ」

「解ったよ姉さん、俺やるよ!」

拳を上げて宣言するハジャだが、すっかり忘れている事が二つあった。
ガンテツに供え物を渡すという役目と、メグの気を引きたいわけじゃないことに。
それに気付くのはかなり後になってのことだった。