幻想水滸伝T

第十一話 釣り糸を垂らす宿星

「急いでください、船出しますよ!」
「遅れるような奴は置いて行っちまえ!」
いかにも乗せてやる義理は無いといった風に言い放つタイ・ホーに、ヤム・クーがそうもいかないですよっとなだめる。
今日はカクの町へ食料、主に魚の買出しに行く日なのだ。
「意味の無い外出も久しぶりだね」
「何でお前が居やがる・・・城主が、ほいほい外出してんじゃねえよ!」
「あたたかな風に誘われたら、断る言葉を持たないのさ」
船上でさわやかな人ぶるフェイに背を向け、けっと顔をしかめる。
二人が居いて張り合わない日はないのだが、意外と一緒に居ることも多い。
今日もハジャがカクの町へ行くと知ったフェイが、何処からかふらりと現れたのだ。
「出かける前から喧嘩しないの。船の上で喧嘩したら蹴落とすからね!」
フェイに続きハジャの前に現れたのはメグだ。
彼女の言葉に二人は口をそろえて「コイツが突っかかってこなかったら」と答える。
言葉がそろったことですぐに睨み合うが、メグに睨まれすぐそらしあう。
「ところで、お前は何しに行くんだよ?」
「私はちょっと前にカクの町に居たから、そこの宿の人に久しぶりに会おうかなって」
「ジュッポを探し回ってた時か。やっぱり、あそこの宿にいたんだ」
メグの言葉に付け足すフェイ。
ハジャが居なかった時なので、知らないのも当然である。
そのまま当時の話で盛り上がりだすメグとフェイに置いてきぼりを食らったハジャは、そのままその場を離れた。
「船を出しまーす!」
ヤム・クーの声が物凄く大きく聞こえた。



「おう、どうした坊主。しけた面して」
他によく知った顔も見れず船内をブラブラしていると、船尾で釣りをしているタイ・ホーに話し掛けられた。
「暇すぎて、死にそうになってるだけだよ」
言葉通りにとったのかどうかはわからないが、お前もやるかと釣竿を目の前に差し出される。
竿を受け取ると、タイ・ホーと同じように船べりに座り込み糸をたらす。
「船、操らなくていいのか?」
「ヤム・クーがしっかりしてるからな。それに、船長はいざという時に動くだけだ」
続けてヤム・クーにまかしときゃ上手くやるさと言った後、豪快に笑い出す。
実際何かあれば動くだろうが、ヤム・クーを信頼しているのだろう。
彼らは今日、昨日の付き合いではないのだから。
「また、しけた面してるぞ」
「まあね」
タイ・ホーの言葉を聞いて、また顔が曇ったハジャに目ざとく気付くタイ・ホー。
結構人を見てるんだなと思いつつ口を開く。
「俺ってここじゃあ新入りなんだよね。疎外感とは違うけど、付き合いの長さなのか・・・なんかね」
「ガキの癖に、面倒なこと考える奴だな」
「フェイほどじゃないよ」
そう言ってため息をついたハジャを見ると、少し目を閉じ考え込むタイ・ホー。
「付き合いの長さってのは、他人に入り込めないものが確かにあるさ。けどな、もしお前が困難な局面に向き合ったとき、フェイはもちろん、俺もお前を助け支えようとする。メグの嬢ちゃんだってそうだ」
目を開き話し始めたタイ・ホーの雰囲気は、普段のだらけたものではなかった。
そこに居たのは、尊敬すべき大人。
「付き合いの長さなんて、誰だって違うもんさ。大事なのは仲間ってことだ」
そう言って笑うタイ・ホーを見ていると、ヤム・クーが彼を慕う理由もわかってくる。
「タイ・ホーって、意外といい男かもな」
「意外とは余計だ。それに、野郎に言われても気持ち悪いだけだ」
二人はそりゃそうだと言いしばらく笑いあうと、再び垂らした釣り糸に神経を注ぎだす。
だが、結局魚は連れることなくカクの町へと着くことになる。