機動戦艦ナデシコ
−Fix Mars−
第十二話[ detection ]
ミスマル家の門の前で、夕耶とルリが双方視線を合わせることなく立っていた。
それぞれの瞳に映るのは、悲しみと怒り。
「貴方がアキトさんの親族である可能性は確かに捨て切れません。ですが、私は貴方を許さない。似ているのは生まれつきですから仕方有りません。ですが、似ているからとユリカさんをだました事が許せません」
「すみません……でも、僕は」
「言い訳は聞きたくありません。ミスマルの家から出て行ってください。二度と、ユリカさんの前に現れないでください」
「…………はい」
夕耶は少しのためらいを持って了承した。
出て行くこと事態はためらわないが、二度とユリカの前に現れない事だけがためらわれた。
「では、それまでは今まで通りにお願いします。私を迎えにいくためにユリカさんと別れたという事で」
もう返事すらせず、夕耶は門をくぐっていった。
「ただ……」
夕耶が玄関に手を掛けると、中から開けたユリカが飛び出してきた。
そのまま夕耶に抱きつくが、すぐにその後ろに控えていた少女に目を留めた。
「アキトー! おかえり、もう夕方だよ。遅くなる前にって言ったじゃない! あれ……ルリちゃん?」
「お久しぶりです。ユリカさん」
「ルリちゃん、久しぶり!……久しぶり? あれ、ルリちゃんは私達と一緒に…………あれ?」
「言いませんでしたっけ? 私はこのたびコウイチロウさんのお力をお借りして、軍に入る事に決めたと。宿舎も決まり、落ち着いたので挨拶に着たんです」
混乱する様子を見せるユリカに、ルリが促す。
「そっか、アキトの大事な用ってルリちゃんを迎えに行く事だったんだ。も〜、ユリカをびっくりさせようたって、そうはいかないぞ」
「なんだ……驚かなかったのか。残念だ」
「アキト、どうしたの? まだ、変だよ?」
「いや、なんでも……ないよ」
「ユリカ、いつまでも玄関先で際ではいかんぞ。話すなら、アキト君と部屋で……ル、ルリ君」
奥の和室からコウイチロウが騒ぐ娘をたしなめようとしたが、ルリを見て顔を青ざめさせた。
ルリもそんなコウイチロウを見て、やはり意図的に隠したのかと確信する。
「お久しぶりです、コウイチロウさん。今日はお話があって、寄らせていただきました」
「う、うむ。君も私の娘だ。遠慮する事は無い」
「はい、では話は後ほどお願いします。ユリカさん、久しぶりなんです女同士色々話しましょう」
「もう、ルリちゃんいつの間に女同士なんて言葉おぼ……あれ? ルリちゃん、背が伸びたねぇ。わ〜、いつのまに」
「色々ありましたから。さ、部屋に行きましょう」
ルリはユリカの背を押して、部屋に向かうさなか夕耶に目配せをした。
自分が部屋にユリカをひきつけている間に、話せということだろう。
夕耶はゆっくりとうなづいた。
「夕耶君、何故君がルリ君と……」
「それはこれからお話します、僕の今の想いも含めて。奥に、行きましょう」
二人はコウイチロウが出てきた部屋、テーブルの置かれた和室へと移動した。
夕耶は暗い顔はしているものの落ち着いているが、コウイチロウは明らかに動揺していた。
いつルリが本当の事をユリカに言い出すのか心配なのだろう。
「落ち着いてください、コウイチロウさん。ルリさんはユリカさんに本当の事を話すつもりは無いそうです」
「本当かね。それなら、少しは落ち着けるのだが……それで、話というのは?」
元々テーブルにおいてあったお茶を一口飲み、話を促した。
「僕は明日の朝一番で、ここを出ます」
「なっ……何故だね。今朝方に一週間待つと言ったばかりでは、まさか……ルリ君かね?」
「それも、あります。ですけど、ルリさんと会ったのは決断のきっかけでしかありません。僕はこれ以上ここにいられない、これ以上ここにいてユリカさんを愛してしまったら……」
「愛……」
「僕はアキトさんとして見られる事に耐えられない。本当に自分をアキトさんと混同してしまいます」
夕耶の決断に、コウイチロウは床に両手を着いた。
そのまま頭を床に付ける勢いで下げた。
「すまない、夕耶君。本当は、火星に行く手立ては全て整っていたのだ。ただ……私は君がいなくなったらユリカがどうなるかと考え、全て黙っていた。本当に済まない」
「いえ、僕は親の記憶もないですから正直わからないですけど……それが親として普通ですよ。ただ、僕は明日の朝ここを出ます」
「ではこれを」
コウイチロウが取り出した資料を、夕耶は黙って首を振って受け取らなかった。
「これは受け取れません。僕はもう二度とユリカさんと会うつもりはありません。だから、少しでもその可能性を残しておきたくないんです。当てが全く無いわけじゃ有りません。だから、大丈夫です」
「すまない」
部屋の中が、数日振りに全くの静けさに包まれた。
数秒、数分後、ドタドタとけたたましい足音が部屋へと向かってくる。
「アキト、お買い物行こう。ルリちゃんが着たんだからご馳走に……どうしたの? 二人とも?」
「うむ……いや、なんでもない。少し男同士の話を彼とな」
「ふ〜ん、アキト今日はルリちゃんがいるんだし、ご馳走にしようよ」
ユリカが夕耶をアキトと呼んだ事で、その後ろにいたルリの目が鋭く光る。
「わかったよユリカ。先にそとに行ってて、すぐにいくから」
「すぐだよ、もうすぐ暗くなっちゃうんだから」
玄関へと走っていったユリカを見てから立ち上がると、夕耶はルリの脇を通り過ぎようとする。
「夕耶さん」
「判ってる。もうコウイチロウさんには話した。今日で最後だよ。彼女が僕をアキトと呼ぶのも、僕が彼女をユリカと呼ぶのも」
「それならば……いいのですが。ユリカさんの前では最後までアキトさんでいてください。勝手なお願いですが、それだけはお願いします」
「大丈夫だよ。彼女には僕はアキトさんとしてしか絶対に映らないから」
そう言った夕耶は今にも泣きそうな雰囲気であり、ルリはようやく夕耶なりの苦しみを感じ取った。
少し遅すぎたが、これからも代わりを務めろなどとは夕耶のためにも言えない。
だから最後の最後は、言葉のトゲを抜いて言った。
「よろしくお願いしますね、夕耶さん」
日本にあるクリムゾンの兵器研究所の一つ、そこに運び込まれたブラックサレナ。
ブラックサレナの周りには多くの技術者が集まっているが、その正面に一人の男がたっていた。
彼はブラックサレナを見上げながら考えにふけり、微動だにしない。
「物思いにふけるようにして、珍しい。一体どうしたというのですか、山崎博士」
「いや〜、少々懐かしい人を思い出しましてね。君はこの機体を見てどう思う?」
「さすがネルガルの開発した完全特注の機体だと思いますね。そのスペックもさることながら、長時間の単独行動に加え、ジャンプ機能まで備えていますからね。今ある技術を全てつぎ込んだ機体ですね」
「う〜〜〜ん、僕が聞きたかったのはそういう事じゃないんだけどね」
「はぁ?」
ブラックサレナを持ち込んだジャンク屋の言うとおり、表面上は修復も難しいほどに壊れている。
天河 アキトが連合軍を巻き込んでの自爆を行ったのはたしかだが、何故この機体だけはほぼ原型をとどめていたのか。
「つじつまが合わないねぇ。何故戦艦でさえコナゴナになる自爆を行っておきながら、機動兵器だけが無事だったのか。もし機動兵器でジャンプしたのなら、何故機体だけが宇宙にあり、彼の姿がないのか」
ふむと呟くと山崎は再び考え込んだ。
だが、その思考はすぐに中断させられる事となった。
「山崎博士! 彼をなんとかしてくださいよ。奴は死んだのかってあれからずっと暴れているんですよ」
「やれやれ、ゆっくり考え事もできないのか。すぐに殺されないだけマシとでも思ってくれないかな。彼のことは僕が後でしっかり話を付けておこう」
「本当にお願いしますよ」
「本当に困ったもんだ」
念を押すようにしてから去っていった研究員を見送った後、山崎はもう一度ブラックサレナを見上げた。
「生きていても、死んでいても騒がしい男だったよ君は。体をいじくった間柄だ、来世でもまたいじくらせてもらえるよう祈っているよ。天河 アキト」
そう言って山崎が目をそらした瞬間、ギギギと金属同士がこすれる音が研究所内に響いた。
研究員全てがその音を聞いたらしく、一斉にブラックサレナを見ている。
ブラックサレナの中のエステバリスの目が光った。
「勝手に……起動した」
「山崎博士! 大変です、コンピュータが……あの時と全く同じ現象が始まりました!!」
叫んだ研究員を押しのけ山崎が覗いたコンソールには「OTIKA」の文字が流れていた。
コンソールだけではなく、やがて周囲の情報ウィンドウ全てに同じ文字が大量に流れ始めていた。
「一体何が……今度は特注だが、ただのエステバリスだぞ。古代遺跡じゃないんだぞ!」
誰かが叫ぶと、ブラックサレナは破損した装甲を勝手に脱ぎエステバリスの姿を現した。
その時、山崎はエステバリスの周囲の風景が揺らいでいる事に気づいた。
「なんだ陽炎? ……いや、それよりも一体。あの時、ミスマル ユリカは天河 アキトを探してこの文字をだした。そして今回、天河 アキトは生きている?! だが彼を探しているこのエステバリスは誰だ?」
誰にも状況が読み込めない中、天井を見上げるようにエステバリスは顔を動かした。
そして、高く飛び上がったかと思うとそのまま天井を突き破り飛んでいってしまった。
研究員達は落ちてくる瓦礫に潰されないようにとやたら走り回り、パニック状態である。
「やはり彼を探しに行ったのか……天河 アキトは生きている!」
「大変です、山崎博士!」
「見れば判るよ。十分すぎるほどに大変だ」
「いえ、そうではなくて……彼が、天河 アキトは生きているといって勝手に飛び出して行ってしまいました」
「彼も、同じ結論に達したか。さ、これからが本当に大変だ」