機動戦艦ナデシコ
−Fix Mars−
第八話[ Fellowship ]

「ちょっ、乗れないってどういうことですか?!」

空港の受付カウンターにて、夕耶は受付嬢相手におもわず声を荒げてしまった。

その後すぐにハッと受付嬢の顔色と周りの視線に気づいて、冷静に問い直す。

「す、すみません。詳しく説明してくれませんか?」

「あ……はい、こちらこそ説明不足で申し訳有りません。数ヶ月前に元木連の草壁中将率いる火星の後継者と名乗る武装団体が火星に現れた事はご存知ですよね?」

ご存知ではないが、常識だという受付嬢の口ぶりから夕耶は黙ってうなづいた。

「その武装団体は軍によって鎮圧、拘束されました。ですが、まだその残党が残っている可能性を考慮して火星への民間のシャトルには厳しい制限がついています」

「それって、身分証明書とかですか?」

「いいえ、少し違います。まず民間の方が火星に行くことはできません。ここからは言ってしまってよいのか判りませんが、火星に行けるのは軍かもしくは、軍にコネのある企業です」

「嘘、だろ……」

「こちらが本日発射予定のシャトルの一覧です。ご確認下さい」

映像ウィンドウに映し出された時刻表には確かに火星の文字が無かった。

在るのは月とコロニー、そして木星。

夕耶は愕然とした思いからめまいを起こし、カウンターに手を掛けたままひざを着いた。

「お、お客様?!」

「……勢い込んでダリアさんたちと別れていきなりこれかよ。僕はどうしたら」

「お客様、大丈夫ですか?」

「……は、い。少し、ロビーで休ませてもらいます」

オロオロする受付嬢を置いて、夕耶はロビーにあるソファーへと向かった。

そのまま力なく座り込んだ。

「どうする……どうすれば。まだ、幸いダリアさんから貰ったお金がある。まだ、あのコロニーの時よりは絶望的じゃない」

両手を握り締めると、不意に高坂 青葉を思い出した。

「いや、駄目だ。あんな偶然、続かない。火星の状況はただ事じゃない、誰かに頼るだけじゃ……僕が動かないと。どうする」

頭を振りその考えを捨て、両手にさらに力を込めて考える。

いまある情報を整理し、組み立てる。

「火星に行けるのは軍か、軍にコネのある企業。企業……火星に物資を送っている企業に入るか? いや、企業に入るには確かな身分証がいる。それなら軍か? 軍ならば……いや、混乱があったばかりだ。身分証はこちらの方が厳しいかもしれない」

「おい、アンタ。なにをそんなに祈ってるんだ? 大丈夫か?」

下に落とした視線の先には、繋ぎを着込んだ足と手に持った工具箱が見えた。

どうやら考え事をしていただけが、必死に何かを祈っているように見えたらしい。

「いえ、祈っているわけじゃ……少し考え事を」

繋ぎを着た相手の顔を見上げ弁解した所、相手の持っていた工具箱が床へと落ちた。

床に激突してけたたましい音を響かせた工具箱。

なのに繋ぎの男はそれを拾おうともせずに、夕耶を見ていた。

「あの……落ちましたよ?」

「嘘だろ……おい。なんで、アカツキの話じゃ、死んだって。……アキト」

聞き覚えのある名前ではなかった。

なのに夕耶は弾かれる様に立ち上がり、繋ぎの男の両腕をつかんだ。

「僕を、僕を知っているんですか?!」

「僕を知っているって、アンタ記憶が……いや、すまねえ。人違いだ。俺の言っている奴は死んだ。死んだんだ」

「本当に死んだんですか? それは確かなんですか? どんな些細なことでもいいんです。教えてください!!」

男の悲しげな目に気づかずに、夕耶は男を激しく揺り動かす。

「アイツは死んだ。三年以上も前に俺達の目の前でな。それに兄弟がいたなんて事も聞いていない。悪いが……アンタと関係があるとは」

「そんな」

「そんなことより腕を……」

そこまで言った男だが、一つアキトという人物と似ていない部位を夕耶に見つけた。

(コイツ金色の瞳、 マシンチャイルドだったのか?! 天河夫妻は天才だった、ならばその遺伝子でマシンチャイルドを作っていてもおかしくは……アキトの奴がしらなかっただけなのか?)

「あ、すみません。僕を知っているんじゃないかって……少し先に行き詰ってたんで、取り乱しました」

「いや、こちらこそ混乱させるような事を言っちまって済まねえ」

(どうする……どうする、コイツがアキトでないにしても、この容姿は使える。コイツを使えば、艦長が……ミスマル ユリカを元に戻せるかもしれない)

男は冷静に謝罪しながらも、自分の手が大量の汗でぬれているのを自覚していた。

記憶を無くした見ず知らずの男を利用することが残酷すぎて、怖かったからだ。

「あの……それじゃあ、僕はこれで」

「ちょっ、ちょっと待った!」

夕耶が引いたことで、男は決断を下した。

「良く考えたら、俺の言っている男と同一人物ではないにしろ関係はあるかもしれない。よ、よかったら教えてやるが、来るか?」

カラカラに渇いた喉で言った台詞は、酷く堅い声が出ていた。

それでも夕耶は、ほんの少しの希望に瞳を輝かせた。

「もちろん、お願いします。僕、赤井 夕耶です。もっともこれは僕が勝手に自分につけた名前ですけど」

「俺の名は、ウリバタケ セイヤだ。見ての通り、ただの技術屋だ」





ウリバタケの家は空港から電車で四十分ぐらい離れた場所にあった。

夫の帰りに美人な奥さんが出迎えたが、やはり夕耶の顔に言葉を失った。

ウリバタケは奥さんを落ち着かせると、何かを頼み込んで奥に引っ込ませ誰も入るなと部屋を締め出した。

「まずは言っておくが、これは俺の知る人物の話であって赤井、お前のことじゃない。それだけは、混同しないでくれ。下手に刷り込みをすると後が怖いからな」

「はい、判りました。僕は僕に似た人の話を聞く、これでいいんですね」

「ああ、それでいい。俺がアキトに会ったのは、五年前……まだ木星の人類の存在を知らない時だった」

出会いから始まったアキトと呼ばれる人物の話。

それはもはや一つの物語と言って過言ではなかった。

戦争、幼馴染との再会、軍隊への編入、戦争の真実と両親の死の真相。

平和と平穏を手に入れ、愛する人との新婚旅行での事故死。

あまりにも出来すぎている物語であった。

「アキトは、死んだ。だからアンタ、アキトとそっくりすぎる赤井 夕耶と言う人物を、俺はアイツの兄弟か何かだと思っている。その方が納得できるからな」

「兄弟……僕とそのアキトという人物が」

「ああ、だが普通の兄弟じゃない。落ち着いて聞いて欲しいがアンタは、マシンチャイルド……子供って歳じゃないが、そう呼ばれる人間だ。嫌な言い方をすると試験管ベイビー、恐らく天河夫妻の手によるものだろう」

「僕が……普通の」

「悪いが、その金色の眼が全てを語っている」

自然と夕耶の目から涙がこぼれた。

そんな人工的に作られたと言ってよい境遇の人間はいくらでもいるだろう。

だが、夕耶は何故か泣いてしまった。

「すまねえ、こんな伝え方しか出来なかった」

「あ、いえ……何も知らないよりは、いいと思います。いずれ判ることかもしれませんし、それが早くなっただけですから」

明らかに落ち込む様子を見せる夕耶の方にウリバタケは手を置いた。

「これも何かの縁だ。今日は家に泊まっていけ。いまオリエに部屋を用意させている。……一人で落ち込みまくるおりは、人のいる場所の方がいいだろう」

「ありがとうございます」

「アンタ、言われたとおり部屋の用意ができたよ」

「おう、じゃあ夕耶を案内してやってくれ」

無言で立ち上がった夕耶を部屋の外へと連れ出し、すぐにオリエが戻ってくる。

「言われたとおり、ミスマルの旦那さんの所へは連絡しておいた。明日、OKだそうよ」

「ありがとうよ、上手くいけばいいんだが」

「アタシは反対だよ。何も知らない子を利用するだなんて……それはアキト君が一番嫌がる事だったんだから」

「そんな事は百も承知だ。だから全てを話した上で利用する……もう、決めたことだ」