機動戦艦ナデシコ
−Fix Mars−
第五話[ Junk Man ]
夕耶が連れて行かれたのは船の艦橋、ブリッジだった。
さして広くはない空間に、艦長席にオペレータ席……そして何故か操舵輪が添えてあった。
ダリアは艦長席に腰を下ろし足を組むと、正面に夕耶を立たせて上から下まで無遠慮に眺めた。
「ふ〜ん、それで坊や、アンタは何処まで知っている?」
「何処まで?」
質問の意図が読めず、夕耶はすぐさまシークに救いの視線をよこす。
「この船のこと、あの敵のこと。とりあえず知っていることを並べてみなよ」
「知っていることと言われても……この船が火星行きってことぐらいしか知りませんけど」
「ゆ、夕耶君?!」
「くっ……はっはっはっは、コイツは驚いた。いつこの船が火星に行くって決まった? どうやら、本当に何も知らないようだね。こいつが今向かっているのは地球さ」
「えっ……」
「だーっはっはっは、方向音痴もいい所だ。まったく逆方向だぜ」
「駄目、彼は一生懸命なのに笑っちゃ駄目……」
ダリアだけでなく、操舵輪に寄りかかっている男も大声で笑い、オペレータ席の女性もクスクス笑っている。
笑っていないのはあきれているシークと、事情が飲み込めていない夕耶である。
「坊や、あんた青葉になんて頼んだんだい?」
「高坂さんにですか? 船に乗りたいんで、船を持っている人か、関係者を紹介……って、あ!!」
「火星が一文字も出ていないよ、夕耶君」
「そういうわけでこいつは火星行きじゃなく、地球行きのジャンク屋の船だ。最近ここいらで良い商品を拾ったんで、お得意さんに売りつけに行くところさ」
「遠ざかってる……むちゃくちゃ、遠ざかってる。どうしよう、いまさら降りられないし」
「真面目に、真面目に落ち込まないで、おかしすぎ。ただのうっかりミスなのに、火星から地球に」
ひざまずく様に夕耶が項垂れると、オペレータの女性はさらに笑いを加速させてさえいる。
「まあ、坊やのおっちょこちょいは置いておいて。処遇についてだ。坊やの言うとおり、いまさら降りられない。コロニーに戻ろうにも、さっきの戦闘でお偉いさんがうるさくてね。ほとぼり冷めるまではコロニーにも戻れない」
「いっそ脱出ポッドでコロニー方面に打ち出してやったらどうですかい?」
「え゛……戻りたいですけれど、それはさすがに。方向がそれたら死にますし」
「却下だ。ミサイルほとんど撃ちつくして、タダでさえ赤字なんだ。さらに脱出ポッド一台、タダじゃ坊やにやれないね」
青ざめた夕耶の顔がホッと正常の色に戻った。
コロコロ顔色が変わることでオペレータの女性はまた笑っている。
笑い上戸のようだ。
「姐さん、提案があります」
「金が掛からない案だったら言え。掛かるなら言うな」
「掛かると言っても微々たる物ですよ。夕耶君はパイロット以外にコックとしての才能があります。コックとして雇ってはどうでしょうか? 腕の方は俺がもう確認済みです」
「なるほど、正式に雇うって事か……じいさんが煩いだろうが、代わりのパイロットにもなるな」
「地球に着くまでは仮採用と言うことで良いでしょう。地球についたら夕耶君に、船に残って火星行きの依頼が来るまで待つか、別の船を捜すか決めてもらえばいい。夕耶君はこれでいいかい?」
「文句なんかありません。お金さえ貯めれば正規の方法で火星にいけますし」
ダリアは拳を口元に当てて考え込んだ後、その手を組んだ足の上に置いた。
「よし、坊やがいいなら。それで行こう。早速で悪いが、食堂へ行って準備をしてくれないかい? ボンズの弔いもしてやらないといけないからね」
「はい、わかりました。細かい指示はまた後でお願いします」
夕耶がブリッジを退室した後、オペレーターの女性の笑いがピタリとやんだ。
彼女だけではなく、先ほどまでヘラヘラ笑っていた操舵主もだ。
真面目、冷徹な視線がダリアで交差する。
「さて姐さん、あの坊主の処遇どうしやすか?」
「そうだな……」
「先ほどの積尺気の狙いは言うまでもありません。例の商品を奪いに来たと考えて間違いないと思われます。そして、襲撃直前に偶然乗り合わせた彼、疑わない方がおかしいです」
「夕耶君が丁度乗船したのは本当に偶然だ。それに奴らは船をも直接攻撃した。それじゃあ仮に夕耶君がスパイだとして考えるとつじつまが合わない!」
「信用を得るためには過剰な演出も辞さない。最近は当たり前の行動ですよ。私情を挟まないでください、シークさん」
悔しそうにシークは唇をかんだ。
確かに小さな宇宙船と言う空間ではどんな小さなことでも疑わなければ大事に至る。
「まちな……まず、一つ。坊やは偶然乗船した、これは間違いない」
「何故そう言い切れるんですかい?」
「坊やは青葉の紹介だと言った。青葉とうちの繋がりを知るものなど少ない、アイツの人を見る目は確かだしな」
「確かに、この船には何人か青葉さん経由で乗船した方がいますし」
「それじゃあ、夕耶君はなんの疑いもなく……」
シークがほっとした所にダリアが待ったをかける。
「違うな、もう一つ。坊やは明らかに例の商品の事を知っている。じいさんが今例の商品を調べているが、あれは一個の機動兵器ではなくエステバリスの追加装甲だったらしい。坊やがはっきりとそう言った」
「なんだ結局、偶然乗船した可能性とスパイって可能性もあるんじゃないですか。スパイにしては言い訳も下手だし、間抜けそうですが」
「まあ、普通は地球行きの船に乗って、火星に行きたかったなんて言いませんね」
「それで……一体、どうするんですか?」
ダリアは組んでいた足を組み替え、考え込む。
敵でないことは確かだが、敵となってしまう可能性が少なからず存在する。
なにしろ追加装甲のしたからでて来たのがネルガル製のエステバリスなのだ。
「よし……坊やの一件はシーク、お前に一任する。自由にしろ。ただし、もしものときはお前が責任をもって始末しろ」
「ありがとうございます、姐さん」
ダリアに深く頭を下げるとシークはブリッジを退室して行ってしまう。
そのうれしそうな後姿をみて、操舵士とオペレータが顔を見合わせる。
「なんでシークの奴、あんなに坊主の肩を持つんだ?」
「さあ……コックの腕を確認済みって言ってたし、餌付けでもされたんじゃないかしら」
「詳しく知りたければ本人に聞けばいい、ミズキ各部損傷とミサイル残弾の報告を後で回せ。グレイ、まずは破壊した積尺気の残骸集めだ。使えるものがあれば使う」
「了解です、お姉さま」
「へいへい、でもいいんですかい? 遅れたら向こうが煩いですよ?」
「火星の後継者に襲われた。そう言えば向こうも黙るだろうよ」
「夕坊、俺火星丼な」
「こっちは檄辛カレーだ、夕坊」
「夕坊ッ」
「ちょっと、待ってください。そんなにいっぺんに、そもそもまだ準備も何も出来ていないんで作れませんよ!」
「いいじゃねえか、せめて俺の分だけでも」
「お前なんか、後だ後。俺が先だよな」
「だから後も先も……」
夕耶が食堂に着く前から、食堂は人でごった返していた。
どうやら戦闘前の夕耶とシークのやり取りを見ていて、料理の腕前が知れ渡ったらしい。
我先にという思いはわからないでもないが、収集がつかず夕耶は困り果てていた。
「ど、どうしよう」
『お前ら、仕事はどうした! 途中で仕事を放り出した奴に食わせる飯はないよ!!』
突然放送でふって沸いたのはダリアの怒声だ。
それだけで蜘蛛の子を散らすように男たちは自分たちの仕事場へと向かう。
『それと坊や!』
「ぼ、僕も?!」
「ビクビクしてないで馬鹿どもにはビッと言ってやんな。舐められたら終わりだよ。それと、今夜はボンズの弔いの宴会だ。ご馳走を用意しときな!』
怒鳴るだけ怒鳴って、それ以降艦内放送は入らなかった。
「って、細かい指示ってそれだけ? ご馳走って一体何を作れば……全然細かい指示じゃないですよ?!」
「適当に肉料理を作っておけばいい。それだったら八割方、この船の好物にあう。ミズキ辺りは嫌がるだろうが」
夕耶一人きりとなった食堂にひょっこりやってきたのはじいさんである。
カウンターまでやってくると、手近な椅子に腰掛けた。
「坊主、さっきはいきなり殴ってしもうて悪かったな、痛かっただろう?」
「確かに痛かったですけれど、ああやって誰かが自分を心配して怒ってくれるのは正直安心します。僕には誰もいませんから」
「…………そうか。さて、やるとするか」
「やるって、なにをですか?」
首をかしげる夕耶にじいさんは、必要以上に元気に笑いかける。
「弔い用の料理に決まっとろうが。全総員三十余名、全部一人で作るつもりか? 指示はお前さんが出せ、わしには詳しいことはわからんからな」
「はい、ありがとうございます。それじゃあ、まずは……片付けから始めましょうか。割れちゃった食器も有りますし」
「今度、耐振動の食器棚でも作るかの。何かあるたびにこれじゃあたまらんわな」
厨房内の惨状を見渡すと、夕耶とじいさんは同時に深いため息をついた。
やれやれと言いつつも、腰を落とし割れた皿等を拾い集め片付け始める。
この後、やってきたシークも交え料理の作成が始まった。