機動戦艦ナデシコ
−Fix Mars−
第四話[ Old Type ]
「馬鹿なことはよせ、坊主! 例えそいつが動いたとしても、坊主には何も出来ん!」
「こいつは壊れてもいないし、僕に何も出来ないと決まったわけじゃない。それに、シークさんは僕の作ったチャーハンを美味いって言ってくれた。助けたいんです!」
夕耶は驚くほど身軽に黒い機動兵器によじ登り、コックピットらしき周辺をまさぐりだした。
開閉ボタンをあっさり見つけると、もぐりこむ。
「坊主ッ!!」
『じいさん、離れてください。追加装甲を外します!』
スピーカーから夕耶の声が響くと、壊れたと思われていた機動兵器の表面部分が外れ落ちた。
「追加装甲? エステバリスじゃと、あの坊主一体……」
『じいさん、何がどうなっている。話が見えないぞ!』
「不本意じゃが、機動兵器が一体出撃する。ダリア、援護してやってくれ」
『よし、わかった。派手にばらまくよ、その隙に出撃させな』
「坊主、この船にカタパルトなんて洒落たものはない。マニュアル発進でいけるな!」
『いきます。じいさんは退避していてください!』
夕耶はじいさんを下がらせると、射出口へとエステバリスを向けた。
正面にあるシャッターが開き、宇宙へと繋がる通路が伸びる。
遥か遠くかと思えるような通路の先に広がる漆黒の宇宙に、幾つもの光が同時に生まれた。
「赤井 夕耶、出ます!」
「駄目だ、避けられ。シークさッ!」
「ボンズ君!」
四機いる積尺気から一発、また一発と一体の機動兵器へとミサイルが打ち込まれていく。
生存はもはや絶望とシークは操縦桿を握り、愛機であるシトロンを爆光から遠ざけた。
「ちくしょう、積尺気と言えば火星の後継者じゃないのか。だったら何故俺たちを襲う。俺たちとお前たちは同じじゃないのか!」
何度の叫びだろうか、沈黙を守り通す相手にシークはすでに返答など期待していなかった。
クリムゾン製の機動兵器であるシトロンに備えられた火器を、四機いる積尺気へと向け放つ。
五年前にネルガル製のエステバリスに市場で負けたとはいえ、攻撃力はエステバリスを凌ぐと言われた程だ。
幾つもの光が深淵の宇宙に広がっていく……だが、その光の中を傷つくことなく積尺気が近づいてくる。
「速い、かわした?! こいつらやっぱり素人じゃない、火星の後継者なのか? 一体何が目的で……」
『シークッ、聞こえているな!』
「姐さん、ボンズ君がやられた。こいつらの本気だ、下手をすれば船ごとやられる!」
『ボンズの事は今は忘れな、援護を一機出す。派手にばらまくのが合図だ。赤字覚悟でいくよ!』
「援護って機動兵器も、パイロットも」
シークが事を理解する前に、合図は送られた。
本当に赤字覚悟で残弾の半分のミサイルが一斉射撃され、シークのシトロンの脇をくぐっていった。
膨れ上がる爆光に四機のうちの一機が逃げ遅れ巻き込まれる。
『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』
さらにミサイルに遅れること数十秒後、一体のエステバリスが駆け抜けた。
「エステバリス、しかもシトロンと同じぐらい旧型?!」
『ぼやっとしてるんじゃないよ、行きなシーク!』
一瞬思考が止まった瞬間にエステバリスは、一体の積尺気に加速したまま体当たりを仕掛けた。
慌ててシークはシトロンを飛ばす。
「一体あれに乗っているのは……戦いなれている、間違いなく戦闘に慣れたパイロットだ」
エステバリスが体当たりを仕掛けたのは最初の一撃、虚を突いたときだけだ。
それからは最低二体の中間に位置取る事で相互の射撃を塞いでいる。
だが逆に囲まれているとも言えなくもない。
『シークさん、今です!』
「夕耶君?……そ、そうか!」
唯一囲みの外にいるシークが、直線状にいない積尺気の一体にミサイルを放つ。
直撃し身動きの取れなくなった所にエステバリスが止めを刺し、破れた囲みから抜け出しシークに合流する。
『これで二対二、互角です。まだいけますか?』
「夕耶君、君って奴は……大丈夫だ。シトロンに目立った損害はない。ボンズ君の仇は絶対に取る」
『はい!』
明らかに動揺を見せ戦意の下がっている積尺気だが、興奮気味の夕耶と仇に目を光らせるシークは止まらなかった。
止まるつもりもなかったのだろう、一体が背を向けた瞬間シークは十分すぎるほどに銃弾とミサイルを放った。
積尺気が残骸と変わり果てると、残りの一機は撤退を無理だと判断したようだ。
銃を構えるが、その前にエステバリスが躍り出た。
やけくそ気味の銃撃をかわしつつ背後に回りこむと、頭部を後ろからをイミディエットナイフで突き刺し、離脱。
「これで最後だ、くらえッ!」
メインカメラの壊れた積尺気に、シークのシトロンから最後の一撃がお見舞いされた。
「助かったぜ、シーク!」
「そっちの坊主もナイス、アシストだ!」
夕耶とシークが格納庫に戻りコックピットから出ると、男たちの歓声の嵐が待っていた。
奇襲ゆえにうろたえ被害も出たが、シーク一人でも切り抜けられはしただろう。
だが、夕耶が参戦したことで被害が軽減したのは間違いない。
「助かったよ夕耶君、これで二度助けられたね」
「二度? ……助けたなんてとんでもないです。ただコイツが勝手に動いた、そんな感じなんです。僕自身、乗っている……いや、乗り込もうとした時から興奮しててよく覚えてないんです」
「君は、不思議なことを言うね。エステバリスが勝手に」
「坊主!」
二人してエステバリスを見上げていると、人垣を押しのけ現れたじいさんの怒声が響いた。
「あ〜、これは怒ってるね。ほら、怒られてきなよ夕耶君」
「お、押さないでくださいよシークさん」
「勝手なことをしよって。この馬鹿たれが!」
船を救ったはずの英雄の右頬に無骨な拳がめり込んだ。
容赦は一切ないようで、夕耶は頬を押さえながらもんどりうって倒れこんだ。
「今回はうまく言ったが、気持ちだけで全てが解決すると思うんじゃないぞ。二度と勝手なことはするな」
「……すみません」
歓声ムードだった格納庫が一気に冷えた。
さすがに可哀想だなとシークが止めに入ろうとすると一足先に女性の声が割って入った。
「じいさん、そのへんにしといてやんな。坊やがいなきゃ被害はもっと……最悪シークもやられてた」
周りの男に負けないぐらい、長身の女性だった。
赤い髪を首の後ろで束ねたその人は、真っ二つに割れた人垣の中を堂々と歩いてくる。
「そんなことはわかっとる。だが、結果論でしかない。坊主が犬死する可能性もあったんじゃ」
「それはそうだが、一発殴れば十分だ。じいさんも、感謝してないわけじゃないだろう?」
「ふんっ、解りきっとる事を言うな……坊主、よくやった」
一度感謝の言葉を吐いてしまってはこれ以上怒ることもできず、じいさんは「どかんか!」と肩をいからせて行ってしまう。
「やれやれ、古い人間は頭が固いね。さて、坊や。あんたには聞いておく事と、言っておく事がある。ついてきな」
「え……あの、貴方は?」
「ふぅ、やっぱり青葉からは何も聞かされていないようだね」
「夕耶君、ほら立って。この人はダリアさん、この船の艦長です」
「艦長……こんな綺麗な人が?!」
「嬉しい事言ってくれるじゃないか。アタシの名はダリア ザルカンス。シークの言うとおりこの船の艦長さ」