機動戦艦ナデシコ
−Fix Mars−
第一話[ Fix Start ]

深く漆黒に包まれた宇宙に閃光が走る。

幾つもの閃光の中心にいるのは宇宙とは対となる白亜の戦艦。

周りには十を超える戦艦が取り囲み、機動兵器を発進させ、ミサイルを放っていた。

白亜の戦艦から吐き出される虫型兵器の網をかいくぐり、ミサイルが着弾していく。

「静かに死なせてもくれないとは、つくづく俺も……クッ、運がないな」

【ミサイル直撃。ディストーションフィールド出力三十%を切りました。ボソンジャンプでの撤退も不可能。このままでは被弾率の上昇により、撃墜の可能性九十七%。艦長、退艦の準備を。】

「無駄だな。いくらサレナでも、この数の戦艦と機動兵器の殲滅は難しい。仮にできたとしても……その先が持たない。サレナも、そしてこの俺も」

【艦長……】

漆黒の衣に身を包んだ艦長と呼ばれた男は悟っていた。

己の身の最後を。

すでに立ち上がるどころか、指先一本動かせないところまできていた。

【せめて、ラピスには遺言をお願いできませんか?】

「幸せに……普通の娘として幸せに、なって」

一筋の光が男の頬を流れた。

【わかりました。最新の注意を払い、暗号化後に送信しておきます】

「ああ、これで思い残すことは……」

無いと言いかけたとき、これまでで最大の轟音と振動が船内を覆った。

艦内全域に警告アラームが鳴り響く。

【メイン相転移エンジンに被弾。火災発生、消化は不可能。補助エンジンに切り替え、メイン相転移エンジンブロックを離脱させます。構いませんか、艦長】

「いや、このままでいい。下手に証拠を残してアカツキ達に迷惑をかけたくない。変わりに、このままメイン相転移エンジンを稼動、補助も全て稼動させろ」

【それは……よろしいのですか?】

ウィンドウに移しだされた問いに、静かに男はうなづいた。

「ああ、お前さえ良ければ最後まで付き合ってくれ」

【もちろん、付き合います。艦長、もし私が人間ならばこの様な状況で言いたかった台詞があります】

「なんだ、言ってみろ」

【楽しかったぜ、相棒。また来世でもよろしくな……ここでニヒルに笑えば完璧です】

「ふっ……映画の見すぎだ。来世までお前の顔を見るのは勘弁してくれ。だがもし美女に生まれてくるのなら、ベッドの中までよろしくな」

ウィンドウが不自然にちらついた。

【ありがとうございます、艦長。自爆シーケンス起動。十分後、命令を実行します】

「本当に、終わった」

激しく揺れ動くブリッジの席で、男はゆっくりと体の力を抜いていった。

これから死ぬというのに恐怖も後悔も浮かばない。

終わったんだという感慨だけがあり、眠るときのように意識が解け始めた。

(どの時代もどんな種族も変わらないな。争っている場合じゃねえってのに、くだらねえ。よう、お前これから死ぬんだろ?)

ふいに聞こえた声に男が身じろいだ。

「誰だ!……いや、気配は。しかし、声が。ダーシュ、艦内に生命反応は幾つある?!」

【艦長、なにを……この艦は貴方しか人はいません。自爆まで後、六分二十二秒。命令を撤回しますか?】

「自爆は続行だ!」

(自爆かよ、覚悟が決まってんなら問題ないな。よく聞け、いや聞かなくてもいいか)

「くそ、何処だ。何処にいる!」

【艦長、生命反応はありません! 自爆まで後四分五十六秒】

あれほど落ち着いていた男の狼狽振りが、メインコンピュータのダーシュには理解ができないでいる。

声が、男にしか聞こえないからだ。

(俺の名はハル セレイド。お前の体を頂く者だ。異常ナノマシンに少し犯されているようだが、問題はない)

「俺の体を……一体何者なんだ。なぜ俺に話しかける!」

(別に、たまたまこの時代に来たときにいたのがお前なだけだ。深い意味はない。この世界で動き回るには体が必要なんだ。精神生命体の辛いところだな)

「せ……精神生命体だと」

【艦長、自爆まで三分です!】

ダーシュの表示ウィンドウはすでに男の瞳には写ってはいなかった。

ひたすらに自分だけに聞こえる声に耳を傾けている。

(深く知る必要はない、こうして名乗っているのも最低限の慈悲だ。名前ぐらい知っておけ……自分を壊す者の名を)

「壊す、だと……う、あああああああああああああああああああああああああああ!!」

【艦長?! 自爆まで一分三十秒、しっかりしてください】

男の体の中に、誰かが入り込んでくる。

人体実験を行った者たちでさえ入り込めなかった心の奥底へと土足で入り込んでくる。

最低の屈辱であった。

「ふ……っざけるな! 俺は、二度と……だれにも壊されない! 誰にもっだ!!」

(なに、抵抗できるだと?! くっ、想定外だ。抵抗するな!)

「ダーシュ、自爆シーケンスを即刻実行。多少自爆に足りなくても、補助かメインどれかのエンジンが爆発すれば誘爆が可能なはずだ!」

【了解、自爆まで残り一分。ただちに自爆を実行します】

(止めろ! 今お前が死ねば体に入り込んでいる俺まで)

「ふっ……事情は知らないが、俺を最初に選んだのが運のつきだ。連れて行ってやるよ、地獄へな」

(馬鹿野郎、俺は絶対に死ねないんだ。俺が死んだら誰が、誰がこの世界のは)

【自爆】

一際大きな閃光が周りを巻き込んで宇宙を走った。

心無き虫型兵器も、人の乗った機動兵器も戦艦も……全て光の中に消えた。

後に残ったのは残骸、機械の、人の。

宇宙はそれら全てを拒みもせず、抱きもせず、静かに見守っている。

静かに、何も言わず見守っていた。









宇宙に点在する機械に守られた人の住みし世界、宇宙コロニー。

コロニー落としの大量虐殺鬼が三日前に死んだとも知らずに、宇宙コロニー内の世界は回っていた。

そんな人の流れと人の声から外れた人工の草原、そこに彼はいた。

「…………」

風に揺れた雑草が彼の顔をくすぐり、ゆっくりと彼の目が開かれた。

まぶたの奥から現れたのは金色の瞳。

「ここは……どこだ。僕は一体」

意識がはっきりとした途端、彼は勢いよく立ち上がった。

やや長めの黒髪が揺れ、服やズボンについていた雑草のかけらがパラパラと落ちていく。

「僕は……一体、誰なんだ!!」

髪がグシャグシャになるのも構わず、彼は頭を抱えて叫ぶ。

「誰か、誰か教えてくれ……なんで、誰もいないんだ! あああああああ!!」

小高い丘となった草原から下れば街が見え、誰か人がいるだろう。

彼はそんな簡単な事にも気づかずに、闇雲に頭を抱えながら走り回っている。

完全なパニック状態であり、やがて足がもつれ転んだ。

草がクッションとなり、大事にはならずに腕をすりむいた程度で済んだのは幸いだった。

腕に走る痛みが、少しだが落ち着きを取り戻させてくれた。

「僕は……そうだ、火星。火星に行かなければいけないんだ。火星に僕が僕である理由が、あるんだ……火星に、行かないと」

自分を確立する術、記憶を持たない彼はゆっくりと足を街へと向けた。

全てが火星にあると思い。