long long stairs

第二十一話 綾波レイ


元カヲルの席に座るシンジは、膝を組み机に肘をついて何処でもない虚空を見つめていた。
その隣の席ではアスカもシンジと同じようにほうけていた。

「シンジ・・・なんか」

「ああ」

お互いに目を合わせる事無く少ない言葉を交わす。

「なんか、物足りないね」

「そうだな」

何かと言葉を濁している物の、シンジもアスカもそれが誰なのかは理解していた。
カヲルが帰国して数日、生活に劇的な変化が訪れたわけではない。
ただ、渚カヲルと言う存在がぽっかりと穴を空けただけなのだ。
それが日を追うごとにじわりじわりと二人の心に広がっていく。

アスカは学校で、シンジは家でもカヲルがいない生活を味わわされていた。
いかんともしがたい空虚さを克服するには数日では足らないようだ。

「はやく帰ってこないかな。その時は三人でどこかへ行かない?」

この問いかけに、シンジは僅かに首を縦に振るだけに終わった。
アスカはカヲルが帰国した理由を詳しく知らず、本当に一時的な帰国だと思っている。
だが、シンジは知っている。
カヲルが何の為にドイツに渡ったのか、何を成す為の帰国なのか。
ネルフも影ながら助力するとは言えゼーレ相手に無事でいられるのか、祈らずにはいられない。

出来る事ならついていきたかった。
カヲルが教えてくれた生命の実の使い方があれば、十分過ぎるほどに力になれたはずだ。
だが、まだ第三新東京市に訪れる使徒は存在する。
ダブリス=カヲル、を抜いてもゼルエル、アラエル、アルミサエルの三体がいるため、離れる事は叶わない。
抑えきれない苛立ちを両の手に込めていると、ふと窓から覗く遥か向こうの校門に人影を見た。
誰か居てもおかしくは無いが、シンジの目がくっきりとその人物を捕らえた。

「!?」

組んでいた足を解き、思わず立ち上がる。
その視界がぶれた一瞬で、つい先ほどまで見えていたはずの人影が陽炎のように消えてしまう。

「シンジ、どうしたの?」

「あ、いや・・・なんでもない」

もう一度席に座ったシンジは、この体験が二度目であることを思い出した。
この街に戻ってきた当日、あの時もレイにそっくりな少女が目の前に現れて直ぐに消えた。
そして今、あの時と同じ少女が現れて直ぐに消えた。
二度目ともなれば見間違いや、記憶違いで済まされる物ではない。
今自分の近くにレイと容姿の似た少女がいる。
そう確信しても、さすがにそれが新たなる戦いの始まりだとまではさすがのシンジも思い至る事はできなかった。





多分に困惑を覚えた顔で教卓に立つ老教師がいう。

「まことに急なことですが、転校生を紹介します」

所々からいつ決まったのか等声が上がるが、老教師は急な事でとしか応えなかった。
シンジはなんとなくケンスケを見るが、初めて聞いたという表情をしていた。
本当に急だったらしいが、シンジはある確信を得た。

このクラスは自分と言うチルドレンがいることから、生徒が厳選される。
だいたいが親がネルフ関係者ということである。
それなのに急という言葉でしか説明できないと言う事は、ゼーレが一枚噛んでいると考えるのが普通である。

「では入ってきなさい」

教室のドアを開けて入ってきた少女を見て、過剰な反応する物が二人。
シンジはなんとか抑えているものの、アスカは驚きと共に椅子を蹴って立ち上がった。
教室の視線が前と後ろの、青と赤の少女に二分される。

「どうかしましたか、惣流さん?」

「あ、いえ・・・なんでもないです」

明らかに動揺を見せるアスカに、シンジが振り向きとりあえず座れと目で語りかける。
兄が、幼馴染が間違えるのだ。
それほどまでにこの転校生は碇レイにそっくりなのである。
ただしそれは容姿の一点だけであって、放たれる冷気にも似た雰囲気が最大の違いであった

「綾波レイさんです。どうぞ、自己紹介をしてください」

老教師が促すが、綾波レイと呼ばれた少女は何も言わず、何も表情に浮かべる事無く空席へと歩き出した。
何を考えているかはその無表情から読み取る事が出来ず、教室がざわつく。

「あっ」

綾波レイが立ち止まったのはアスカの手前。
間近で生き写しを見たアスカが短く言葉を漏らすが、綾波レイが座ろうとした席を見て再度立ち上がる。

「ちょっと待ってよ。そこはカヲルの席なの。アンタは別の」

言葉を無視して席に着いた綾波レイの肩を掴もうとしたアスカの手が次の言葉で止まった。

「彼は戻ってこないわ」

その言葉だけならまだ良かった。
だが、次に続いた言葉で教室は沈黙の檻へと変貌を遂げる。

「死んだもの」





静かだが冷徹に響いた死の宣告は、確実に綾波レイとクラスの間に亀裂を作り上げた。
普通なら朝礼と授業との間の僅かな休みにでさえ、綾波レイに近づこうとする物がいなかった。
渚カヲルと言う存在は、アスカやシンジだけでなくクラスにとっても大切な存在だったということだ。
だからクラスの誰もが振って沸いた綾波レイと言う存在と先ほどの死の宣告が許せない。

目に見えるような亀裂の中にいる綾波レイは誰もいない前の黒板をただ見ている。
その仕草が人形のようでもあり、誰も近づけないなか、シンジが動いた。
元々シンジも亀裂を作り出した事もあり、あっさりと綾波レイに近づいていく。

「屋上まできてくれないか?」

何の説明も無い言葉に、耳を立てていた誰もが断るだろうと思ったが違った。

「かまわないわ」

一瞬私もと立ち上がろうとしたアスカを片手でシンジが制する。
どんな真実が待っていようと自分から伝えれば幾分和らぐであろうというシンジの配慮である。

「屋上、行くんでしょ?」

「ああ」

一人でさっさと歩き出した綾波レイが振り向く。
ポケットに両手を突っ込みながらシンジは綾波レイの後ろをついて歩き出した。





距離はわずか、二、三メートル。
日の元で相対してもまだ、シンジは綾波レイが碇レイに似ていると思った。
ぱっと見た一瞬でなら似ていると思っても、後でじっくりみると似ていないと思うことはよくある。
凝視と言っても良いほどに綾波レイを見ても、やはりそっくりだった。

戸惑いながらも自分を見つめるシンジを前に、綾波レイは黙って立っていた。
シンジの問いかけを待っていると言うより、何も感じていない虚無を感じる。

「なぜ、あんな事を言った」

「死んだ人を待っても無駄だからよ」

断言されるより、淡々と事実を告げるようなこの喋り方は相手にしづらいとシンジは感じた。
相手の思惑が言葉に全く反映されていない分、心を挫かれそうになる。

「なぜ死んだと決め付ける」

「私が殺したから」

「嘘だ。カヲルがそう簡単に死ぬはずが無い。いざとなれば使徒の力が、ATフィールドが使える!」

碇レイとそっくりな容姿を前に、シンジは一瞬自分が誰に対して怒っているのか錯覚を覚えた。
諦めたとは言え、あれほど渇望した存在に似た者が目の前にいるのだ。
無理は無い。

だが、似てはいてもシンジの目の前にいるのは綾波レイなのだ。
シンジが今どんな気持ちであろうと、関係ない。

「ATフィールド、私には効かないもの」

それは一体何を意味するのか。
シンジが問えば問うほど、それ以上に疑問が沸く。

「どういう」

事だと続ける前に、シンジのポケットの携帯が鳴り響く。
取らなくても判るそれは、ネルフからのものだ。
また陽炎のように消えてしまわないように綾波レイを監視しつつ、携帯を手に取る。

「シンジ君、使徒が現れたわ。急いでネルフに来て頂戴」

「・・・判りました」

「・・・? とにかく急いでね」

僅かに遅れた返答に困惑の沈黙が帰ったが、すぐに携帯がきれる。
その間、綾波レイはシンジの前にずっといた。

「お前はシェルターに避難しろ。話しはまた今度聞かせてもらう」

屋上から走り出し、一度心配そうに振り向いたシンジ。
やはり碇レイにその姿を重ねているようだ。
小さくしたうちをすると、今度こそ振り返る事無く階段を飛ばして降りていく。

綾波レイは、しっかりとシンジが振り向きまた走り出す姿を見ていた。
全くの無表情から何を思って見つめていたかは判らない。
しばらくシンジが走り去った屋上の入り口をみつめていると、今度は入り口とは間逆の方向の空を見た。
ちぎられた雲と透き通った空、それ以外は何も見えないはずなのに、綾波レイは何かを見つめていた。
そしておもむろに両手を手前に掲げる。
まるで操り人形を操るかのように両腕を出し、見えない糸を操る。

「ゼルエル、全てを壊しなさい」

何も浮かべない綾波レイの表情に、その名を呼んだ一瞬だけ母性が浮かんだ。









シンジが初号機にようやく乗り込んだ頃には、すでに使徒の姿が第三新東京市の目と鼻の先であった。
中国の導師服が空気で膨らみきったような使徒は、防衛ミサイルに足を取られた様子もなく近づいてきていた。
ATフィールドを張っているようにも見られないのにかすり傷すらついてはいない。
一瞬使徒の目が怪しく光る。

『第一から十八番までの装甲板損壊!』

『十八もの特殊装甲板を一瞬に・・・』

シンジがモニターで覗いた都市内の映像では十字に立ち昇る光が見えていた。
LCLの供給が始まり、起動シーケンスが始まるなかシンジはそっと目を閉じた。
綾波レイ、カヲルと入れ替わるように現れた少女に乱された心を落ち着けるために。

あの光線を発する前から、シンジはこの使徒の強さを感じていたのだ。
今までどおりの、ただ使徒の能力を模倣するだけでは勝てない。
まして心乱されたままではなおさらの事。
だから目を閉じて、今ある心の乱れの原因を奥底へと封じ込め想いをたった一つに限定する。

「アスカ」

使徒を映すモニターとは別に、もう一つひらいたモニターに映る少女。
失ってしまった者を取り戻すことより自分が選んだ相手。
彼女を守るためなら何でもできる。

『シンジ君、使徒の目の前に初号機を出すわ。絶えず離れず、もうあの光を撃たせないで』

「了解です」

『射出中もATフィールドを忘れないで・・・・・・・初号機発進!』

地上へと一気に加速していく初号機。
その中にいるシンジは誓う。

「絶対に守ってみせる」

同時刻、学校の屋上にいる綾波レイが第三新東京市のある一点を見た。

「狙って」

その右手が数度空をきると、使徒が体の向きを変えてまさに初号機が射出されるはずの射出口に振り向いた。
完全に体を向ききると、まるでタイミングを計っているかのように待ち構える。
この動きに発令所が慌てた。
今更リニアレールを止めても、装甲板を十八も打ち抜く威力に狙い撃ちにされる。
徐々に開き始める射出口、綾波レイの右腕が上がり・・・
振り下ろされた。

見えない輝きを放つ使徒。
立ち上がる十字の光、それより一瞬早く固定リフトを無理やり外した初号機が飛び出した。
爆風にあおられて遥か上空へと押し上げられ、やがて使徒の目前へと降り立つ。

「近すぎる、腕を」

綾波レイが両腕を伸ばし、やや前傾姿勢で翼のように後ろに突き出す。
すると折りたたまれていた紙の様な使徒の両手が伸びた。

「遅い!」

何か攻撃が来ると想った瞬間に、初号機が加速した。
右腕から伸ばされたパイルが伸び、言葉どおり動きの遅い使徒の真横を駆け抜ける。
そして使徒の腕一本が貫くのではなく斬りおとされた。

「まだ一本あるわ」

後ろに突き出していたうちの片腕を綾波レイが突き出すと、残った使徒の腕が初号機へと伸びる。
本体の動きとは比べ物にならないスピードに一瞬シンジの思考が幻惑された。
迫ってくる帯の刃の起動をパイルでずらしてかわす。
その接触面からは火花が弾け飛び、初号機の後方でビルが真っ二つに両断された。

近すぎて光は撃てず、腕は伸びきったまま。
好機とばかりにシンジは使徒のさらに懐へと飛び込もうと、僅かに初号機をかがめさせる。
その瞬間、初号機の左腕が宙を舞った。

「まだよ」

伸びる長さに限界を感じさせない使徒の腕が、優雅な曲線を描いて再度初号機へと迫る。
腕を斬りおとされた痛みを感じながらも、シンジは呻く暇さえなかった。
今度はなんとかかわすものの、使徒の腕が再び曲線を描いて迫る。
その腕をかわすたびに、徐々に初号機が使徒から離されていく。
頃合を見て、綾波レイから使徒へと命令が下る。

「撃って」

三度目の光の十字架が第三新東京市に突き刺さる。
それだけでは初号機を倒せない事を知っているかのように、光をかわした初号機に腕が迫る。

ズキズキと痛みを引きずる左腕、息を付かせぬ腕と光の相互攻撃。
これで焦らない方がおかしいが、シンジは冷静に反撃の方法を模索していく。
攻撃の嵐を止めること。
使徒に接近する事。
紅球、生命の実を砕く事。
この三つを同時にこなさなければならない。

「しまっ!」

僅かな思考の隙間をぬって、使徒の腕が初号機の背後から迫ってきていた。
振り向く事もパイルで起動をそらす事も叶わない。
その時だった。
光によって砕かれ空へと押し上げられていた瓦礫が伸びる使徒の腕に落ち、軌道がそれる。
偶然、奇跡的とも呼べるその一瞬をみたシンジは、初号機を真っ直ぐ使徒へと走らせた。
攻撃を止めていては生命の実を攻撃できない。
生命の実を攻撃していては攻撃を止められない。
この矛盾を回避するには、自分とは別の何かを使えばよい。

真っ直ぐ何の迷いもなく突き進む初号機とあたりを斬り進む使徒の腕。
背後を腕に取られ、正面に使徒の本体。
二つに挟まれた初号機を狙うように使徒の瞳に光が灯る。

「いまだ!」

使徒から光が放たれた瞬間、初号機は自らのスピードを殺す事無く横に飛んだ。
立ち昇る光の中に初号機を追い続けた腕は蒸発し、初号機は次弾が放たれる前に動き始めていた。
一瞬、腕と光が沈黙するこの一瞬にシンジは全てをかけた。

使徒に肉薄し、向けられる初号機の腕が光のパイルを突き出した。
生命の実に迫る光のパイルをみて、シンジは勝利を確信した。
だが次の瞬間シンジの顔が驚愕に染められる事となった。
ゴッと硬い音を出して止められたパイル、まるでシャッターを閉じるかのように生命の実が隠されたのだ。

そして両腕を失くした使徒の捨て身の反撃。
肉薄する使徒と初号機の間に、光の十字架がつきたてられた。





荒れ狂う光と風、この世のあらゆるエネルギーが込められたかのような十字架が消える。
僅かに舞っている砂塵もやがて風に押し流され、二体の巨人が現れた。
使徒と呼ばれる巨人は両腕を失くし、生命の実を守るシャッターでさえボロボロになりその姿を覗かせている。
一方エヴァと呼ばれる巨人も片腕をなくし、高速具と呼ばれる鎧の殆どが剥がれ落ちていた。

「「強い」」

場所は違えど、シンジと綾波レイが同じ言葉を呟いた。

『それはそうだろう。方や最強の使徒、方やもっとも神に近い人だからね』

突然振って沸いたように声が両者に届いた。
通信よりクリアで、直ぐそばで聞かされているようなそれは両者の心に届いている。
綾波レイは学校の屋上で、シンジはエヴァの中で。
そして間接的にシンジは綾波レイの存在を感知し、視線だけを学校の屋上へと向けた。

「カヲル、無事だったのか!」

「貴方は私が殺したはず」

『死んだのは分離体、イスラフェルを覚えているかい?』

「そう、でも例え分離体でも貴方の一部。無事ではすまないわ」

『おかげで思念を飛ばすのが精一杯だよ』

カヲルを殺し損ねたことに気をとられているのか、使徒は一向に動く気配を見せていない。
それはシンジも同じだが、両者は共になくした腕を修復し始めていた。

「無事だったのなら直ぐに連絡ぐらいいれろ。どんなに心配したか」

『それは後で謝るよ。でも、今はお互いに倒すべき相手がいるんじゃないのかい?』

「そうね。初号機はこの最強の使徒ゼルエルが壊す」

それが合図だったようにゼルエルと初号機が同時に動いた。
修復されたゼルエルの両腕が同時に初号機を襲ったが、初号機もすでにおまけ付きで修復を終えていた。
右腕からパイルを、修復した左腕からは光の鞭を出して迎え撃つ。

初号機が左腕にも武器を得たが、まだそれでは互角ではない。
例えゼルエルの腕二つを押さえたとしても、ゼルエルには三つ目の武器がある。
刹那の間を持ってつきささる光の十字架が絶えず初号機を付けねらう。

「すでに初号機はゼルエルに匹敵するかもしれない。でも勝てないわ」

『僕はそう思わない。一見互角に見える両者の力も、初号機がまだ力を抑えているからに過ぎない。シンジ君、僕が君に教えた事を思い出すんだ。使徒にも心はある』

「力を奪うのではなく。対等な者として力を借りる」

『「そうすれば、彼らは必ず応えてくれる」』

シンジとカヲルの声が重なるとあたりの空気が心音のような震えを発し、初号機が吼えた。

「心なんて、使徒に心なんてない」

僅かな必至さが垣間見えた言葉の後、ゼルエルの目に灯火がともりはじめる。
放たれるその一瞬前に、初号機の顎部ジョイントがはずれ、人と酷似した大口を開けた。
光が初号機の口からも放たれた。
加速された粒子が突き進み、ゼルエルから放たれた光とぶつかり相殺する。

これまでにない熱量の爆発が起こる間も、初号機は動いていた。
光の熱の中を迷う事無くゼルエルへと突き進む。
それに気付いたゼルエルが両腕を初号機へと伸ばすが、光の鞭があっさりとその両腕を切り刻んだ。
すぐさま初号機は右腕をゼルエルへとむけ、光のパイルを空中に何十本と発生させた。
ゼルエル目掛けて飛んだそれらは、強固な筈の体を貫き背後にあったビルへと縫い付ける。

「そんなゼルエルが」

『言っただろ。初号機が力を抑えているって・・・いや、シンジ君が扱い方を知らないと言った方が正しかったか』

綾波レイの額にうっすらと汗がにじむ。
こんなはずではなかった、ココまで強くなっているとはと言う所だろう。
学校の屋上から遠くに見える両者の戦いはすでに決しており、初号機はその両腕になにやら光を収束しはじめていた。
加速粒子砲ではない・・・光を、エネルギーを単純に集めた一撃だろう。

『リリス・・・いや、いまは綾波レイだったね。君に聞きたいことがある』

「・・・なに?」

『人類補完計画とはなんだい?』

その一言で、ゼルエルを倒された事以上の驚きが綾波レイに浮かんだ。

『君に殺されたと情報が流れてからもある人に動いてもらってね。でも、ゼーレが何かを企んでいると判ってもその名を知るだけで精一杯だったそうだ』

「あの男も生きてたのね。私もその計画は名前以上のことは知らない」

応えただけでも喋りすぎだったが、それだけ驚く事が多く動揺していたのだろう。
もうすでに勝負は付いたとばかりに屋上を去ろうと綾波レイが歩き出す。

『一つだけ応えてくれ。何故、ゼーレに力を貸す。計画の中身はわからないが、彼らが人の為になる事をするはずがない』

「私には・・・他に何も無いから」

『そう思い込んでいるんじゃないのかい。その方が楽だから』

返答は何もなく、黙ってドアに手を伸ばす。
その背後の遥か向こうでは、両手に集めたエネルギーを初号機がゼルエルに叩きつける瞬間であった。