文字通り、第三新東京市を覆うように闇がひろがっていった。 地を這い広がるその闇は全てを飲み込んでいく。 道路はもちろん、街路樹も、ビル群も・・・そしてエヴァも。 「カヲル!」 シンジは走った。 もがく事が全くの無意味であるかのように、すでに腰まで闇に沈んでしまったカヲルのエヴァ目掛けて。 『シンジ君、来てはいけない!』 「手を伸ばせカヲル!」 使徒を中心に同心円状に広がる闇の上を一本の光の鞭が走った。 その意図に気付き初号機の方へと手を伸ばす零号機。 だが次の瞬間、ドンッという鳴り振動音が響いた。 全くの不意打ちになぜと言う疑問を持ちながら、零号機から離れるように吹き飛んだ初号機。 「グハッ・・・カヲル」 『ごめん、シンジ君。でも、もう間に合わないよ』 カヲルは気付いていたのだ、初号機の足元まで闇が広がろうとしていた事を。 今の力の行使の反動で、更に零号機が沈んでいく。 「ば、かやろ・・・死ぬ気か」 『カヲル!』 死と言う言葉をキーに発令所にいるアスカが叫ぶ。 すでに闇の上に残っている零号機は頭部とわずかに指先のみとなっていた。 闇に沈んだからと言って死ぬと決まったわけではない。 だが沈んでいく先が闇であるために、それがどうしても死と直結したイメージとなる。 「『カヲル!』」 重なるシンジとアスカの叫び。 『だ・・・ょぶ。』 不安定な通信に映像も声もぶれる。 『・・・ってく・・・・・・・・・んと・・・アス・・・・・・ゃんのも』 途切れ途切れの声は何を意図したものか誰にも理解できる物ではなかった。 だが、その映像が途切れるその時まで、カヲルは微笑んでいた。 「一体どういうつもりか、いい訳があるのなら聞いておこう」 資格者であるカヲルとエヴァの喪失にさすがのキール議長の声にも怒りがみられる。 いまだ第三新東京市が使徒が発生させた闇に閉ざされる中、当然のようにゼーレはゲンドウを呼び出していた。 それは今回の使徒迎撃に向けてのエヴァの配置に問題があったからだ。 「何故、零号機を囮にした」 「囮とは、おっしゃる意味が解りかねます」 「では問い直そう。何故、零号機と初号機を離れて配置した?」 第十二使徒レリエル。 見た目の特徴としては第五使徒が一番酷似しているだろうか、宙に浮かぶ球体と菱形の違いを除いて。 当然これまでの通り二体のエヴァを配置して待ち受けたネルフだが、ソコに司令であるゲンドウから命令が下った。 距離としてはそう遠くなかったが、零号機を前衛に、初号機を後衛に・・・それだけであった。 「私はゼーレの命に従ったまでです」 「我々の命令だと!」 いきり立つ一人のメンバーをよそにゲンドウは続けた。 「生命の実をファーストチルドレンに手に入れさせろという命の為に、零号機を前衛に置いたに過ぎません」 「だが事実、零号機は使徒に取り込まれ、初号機は健在ではないか!」 「それは結果論。現時点で使徒との戦いで外部が手を加えられるのは配置ぐらいの物。エヴァの配置にゼーレの命以上の意はありません」 確かに厳命と言ったのはゼーレである。 誰もが口を閉ざす中、キール議長だけがゲンドウに答えた。 「・・・その事は認めよう。だが資格者である渚カヲルの救出は絶対だ。これは使徒の殲滅より優先する」 「それはもちろんの事、では」 闇に融けてゲンドウの姿が消える。 そうしてようやくゼーレのメンバー達に動揺が走った。 確かに厳命したのはゼーレだが、もしこのまま資格者を失うような事があれば・・・ 「使徒の力、予想以上と認めるしかあるまい。それとこちらの力不足も」 少々ため息の混じった言葉にメンバーが静まる。 しばらく誰もが口を閉ざしてなにも喋ろうとしなかった。 キール議長もそれは同じで、これから自分が下す決定に戸惑っていたのかもしれない。 十分・・・もしかすると三十分は経過していただろうか、キール議長が決断を下す。 「二体目を送り込むしかあるまい」 「しかし議長、それでは!」 「今の零号機とカヲルではこの先使徒に勝ち続ける事は難しいだろう。必要ならば送るしかあるまい」 それがどれほどの苦渋の決断か。 キール議長は固く自らの両手を握り締めていた。 零号機を完全に飲み込んでしまってから使徒は沈黙を保ち、その闇も広がりを停止させてしまった。 闇の拡大が停止した理由として零号機を飲み込んだからか、たまたま今の直径が最大値なのかと理由は二つある。 だが、これよりもまだ広がる可能性も捨てきれずにはいた。 これまでのように物理的破壊力があるわけでもない、体を特殊に変質させるわけでもない。 まだら模様の球体の直下に広がる、裏も表も無い闇。 少しでも情報を得るために、使徒を中心に広がる闇からさらに一キロ程離れた場所にネルフは陣を布いていた。 「・・・・・・シンジ」 簡単なメディカルチェックを終え、医療車を出たシンジの前には憔悴した顔のアスカがいた。 その顔にはまだ乾く前の涙の軌跡が見えた。 「私、いつもシンジのことばっかり。シンジだけを心配して」 「アスカ?」 ふらふらと足元がおぼつかなく、そのままシンジへと身を寄せる。 「カヲルも同じなのに。シンジと一緒に戦ってたのに・・・・・・私心配もしないで、逆にいつも頼ってばかり。知ってたはずなのに、カヲルがずっと一人で寂しかった事も」 しゃくりあげ、胸に顔を埋めるアスカをシンジはだまって強く抱きしめた。 シンジもカヲルの過去を見て、その孤独を知っていた。 それでも特別何かをしたわけではない。 今でもカヲルを心配してはいるが、目の前のアスカをなだめる事を優先している。 「ねえ、私どうすればいいの?」 「カヲルは必ず助ける。その時に・・・今抱いてる言葉を全て言ってやれ」 それ以上は何も言えなかった。 カヲルを必ず助ける、しなければいけない事を再度確認し自分自身にシンジは頷いた。 「シンジ君、これから使徒の詳細と作戦の説明があるわ」 「わかりました。アスカも、連れて行っていいですか?」 「ええ」 ホワイトボードを前にしてポインターを構えるリツコ。 そのボードにはグラフや単語が所狭しと書き込まれていたが、シンジどころかミサトにも理解不能な物ばかり。 唯一目を引き、かつ理解できた単語といえば、「マクロな宇宙」というとんでもない物だった。 「直径880メートル、厚さ約3ナノメートル・・・あの影こそが使徒の本体よ」 あまりにも突拍子のない説明に誰もが言葉を失った。 「その極薄の空間を内向きのATフィールドで支え、内部はディラックの海と呼ばれる虚数空間。たぶん、別の宇宙に繋がってるんじゃないかしら」 「あの球体は?」 「本体の虚数回路が閉じれば消えてしまう。上空の物体こそ影に過ぎないわ」 皆の視線が一挙に沈黙している使徒へと注がれた。 実体であろう物が影であり、何処までも広がる影こそが本体、単純な興味以上にその異常な形態が恐ろしい。 「零号機を取り込んだ、あの影が目標か」 ミサトの呟きを聞いたアスカがビクッと体を振るわせた。 「それでカヲルを、カヲルを助ける方法は・・・あるんでしょ、リツコお姉ちゃん!」 「手段としては二つあるわ。こちらから零号機を強制的にサルベージするか、それとも。カヲル君が自力でこちらに戻ってくるか」 「自力で・・・できたらもう戻ってきてるわね。とすると」 「こちらからサルベージするしかないわ」 断言したリツコがホワイトボードを裏返して、裏に書かれたサルベージ方法を見せた。 「まずは現存する993個のN2爆雷を時間を置いて投下。それを信号の代わりに零号機に呼びかけ、返事を待つ。返答があれば初号機の光の鞭を投げ込み零号機を引っ張り上げる」 はっきりと穴だらけの救出作戦であった。 1個目の投下で使徒が動き出したら。もしもN2爆雷が零号機にまともに当たったら。 返事が返ってこなかったら。そもそも返答を行う事ができない状態であったら。 誰もが頭に思い浮かんでも疑問を投げかける事はしなかった。 他に方法がないと言ってしまえばそれまでなのだが・・・シンジがリツコを正面から見据え問うた。 「リツコ姉さん、救出の成功確率は?」 「72%よ」 「え、そんなに高いの?」 恐らくミサトも確率を述べた時のリツコの表情には気付いていただろう、それでも声は明るかった。 「ほら、アスカちゃんもそんなに暗い顔しないで。聞いたでしょ72%よ。何時もの使徒戦なんて一桁台でも勝ってきたんだから」 「そう・・・なの?」 「そうよね、シンジ君」 「ああ、それに今回は殲滅よりも救出が優先。楽なくらいだ」 妙に明るすぎるミサトの態度に元気付けているだけではとの疑いもあった。 だが72と言う低くは無いが高くもない数値にアスカの中では本当なのかと言う思いが芽生え始める。 希望的観測と言う物ではあったが、アスカの顔色にわずかに朱がさし始めた。 「ほら、作戦開始は一時間後。それまで二人で休憩してなさい」 「アスカ、行くぞ」 「う、うん」 シンジに手を引かれ連れて行かれたアスカを見送った後、盛大なため息をついてミサトが近くのパイプ椅子に腰を落とした。 当然、リツコとそれを視線で強制させたシンジに調子を合わせただけだったのだ。 「それでリツコ、本当の確率はいくつなの?」 「51%」 「別に私までかつがなくてもいいんだけど」 「別にかついでなんかいないわ。成功か、失敗か・・・二つに一つだもの」 そっちの確率かとパイプ椅子に必要以上に体を預けたミサトは、ある事に気付いてガバッと起き上がってリツコをみた。 「って、後の1%は何?」 「二人のチルドレンと、二体のエヴァの力。気付いてた? あの時初号機が伸ばした光の鞭、400メートルを超えてたわ。第八使徒の時には300メートルいくかいかないかだったのに」 「また変わってきてるんだ」 「成功か、失敗か。天秤を傾けさせるには十分すぎる力とは思わない?」 光も空気も、上も下も無い、白が何処までも続く空間に零号機はいた。 ピクリとも反応を見せないが、特別破損があるわけではなくカヲルがそうしているのだった。 エントリープラグ内でカヲルはそっと目を閉じる。 学術的な見解ではなく、感覚的にカヲルはここが全く異なる空間だと悟っていたのだ。 じっとしているしかない・・・けれど、それで事態が好転するのだろうか。 いや、誰が自分を助けてくれるのだろうかとカヲルは思い直す、純粋な好意のみで。 「僕は・・・」 不意に途切れたカヲルの意識が別の意識に繋がっていく。 初めて目を開けたときの記憶、透き通る橙の世界。 ガラス張りの向こうで動く白い人たち、それらを統括する数人の老人達。 それがカヲルにとって一番最初の記憶だった。 「お前の名は・・・、・・・、渚カヲル。人にして神となる者の名だ」 キール議長、彼は自分に三つの名を与えた。 魂の名、役割の名、人の名。 どれも自分の名だったが、人の名だけは一番呼ばれることが多かった。 人の世に溶け込むという意味ではその方が利点があったためかもしれない、でも望まれてはいなかった。 ある日、他の人とは違い暖かくなるような声でこの名を呼ぶ人が現れた。 男だったか女だったかも覚えていないが、あの名を呼ぶ声だけは鮮明に覚えている。 何故だろう・・・・・・その人は数日で部署が移動したと聞かされたはずなのに。 解ってる、ゼーレに消されたんだろうって事は。 疎ましかった。 望んで手にしたわけではない宿命も。 自分に縋り、全てを与えながら何も与えないゼーレも。 だが、一つだけ感謝しても良い事もあった。 あの二人に出会うきっかけを与えてくれた事だけは。 「寝て・・・たのか?」 目を覚ました時、カヲルはこの状況で寝ていた自分に苦笑する。 助けが来るのかも解らないのにのんきなものだと。 真っ白な世界を見ていては気がめいるとオフにしていたモニターを回復させる。 やはりなにも変わっておらず広がるのは白、白、白。 取り込まれてから七時間程たったろうか。 再びモニターを切ろうとした時、カヲルはそれを感じた。 音ではない、光でもない・・・・・・震え、僅かにじっとしていなければ気付けないような空間の震えだ。 「振動、なにか大きな力がここを揺るがしている?」 エヴァを完全に起動させ、触覚以外の機能を眠らせるために目を閉じる。 白ではなく黒に染まる視界、やはり遠いざわめきのようにこの空間が震えているのがわかる。 「一回・・・・・・・・・二回・・・・・・・・・三回」 偶然じゃなく、等間隔のこれは信号だと気付く。 ソナーの代わりだろうか、この振動をたどれば、もしくは返答をすれば帰れるかもしれない。 だがどうやってその二つの方法を可能にするのか。 信号をたどるには足場も無く、羽ばたいても動けないこの空間では無理だ。 返答をするにも、唯一使えそうな振動も力不足だろう。 このソナーもN2クラスの力だと予想できるが、ガギエルの力にソコまで求めるのは不可能だ。 カヲルは手を一度にぎってから開く。 手のひらの上に現れたのは四つの赤い球、生命の実。 「ガギエル、イスラフェル、サンダルフォン、サハクィエル。・・・ガギエルとサハクィエルか」 エヴァを動かし、何時ものように右腕を伸ばして目標に向ける。 風が腕に絡むように集まり収束する。 「行け」 元々操るほどの大気が無いのかゴムボールから空気が抜けるような間抜けな音が聞こえた。 そして放たれた空圧弾が爆発した時も、威力は無いに等しい。 集めるべき大気が無く、燃えるべき大気も無いとくれば自明の理かとカヲルはため息をつく。 アイディア事態は悪くは無かった。 足りないのは決定力なのだ。 圧倒的な力、大きければ大きいほど良い、たとえこの空間が壊れようと。 「空間を壊す?」 圧倒的な力による破壊。 それは考えもしなかった第三の選択であった。 今カヲルの右手にある四つの実は言ってしまえば休眠状態、それでも様々な現象を起こす事ができる。 では、半稼動中の生命の実を無理やり起こせばそれは可能ではないだろうか。 四つの実を無理やり起こすのは無理でも、自らが操ってきた零号機なら不可能ではない。 だが、同時にそれは零号機の破棄を意味する。 零号機を完全に目覚めさせてしまえば・・・・・・ 「だけど、やるしかないのか」 何度も、何度も途切れる事無く続く空間の震えが発生する方向をカヲルは見据えた。 『大丈夫だよね・・・シンジ』 「ああ」 時間を置いて次々と投下されていくN2爆雷を前にする初号機に入る通信。 ディラックの海と教えられた闇の中でN2が本当に作動しているのか知る術はない。 それでもまだ望みがあるうちは、 「カヲルを信じるしかない。カヲルなら」 本当に信じて待つしかない。 シンジは静まり返った湖面のように揺らぐ事の無い闇の上を見つめた。 この闇の中に沈んだカヲル・・・零号機。 何故カヲルはあの時初号機を自ら遠ざけたのだろうか。 この中に沈んで生きていられる保障も無しに・・・・・・わからない。 カヲルも自分と同じなのだろうか、神となるよりも大切な事があったのだろうか。 再び闇の湖面を見つめた。 今もまだ投下され続けているN2爆雷、それを見ているうちに僅かに胸に去来する不安。 ふいにそれが実体化する様にシンジの体を包み込んだ。 見た目には使徒の作り出した闇に変化はないが、不安に促されるままに叫ぶ。 「ミサトさん、N2の投下を中断してください!」 『なに、まだ何も変化は』 「速く! このままじゃ街なかでN2が、駄目だ・・・間に合わない!」 全てを飲み込むはずのディラックの海。 その海が今、投下されたN2を拒み、N2がバウンドした。 『シンジ、駄目!!』 弾かれたように飛び込んだ初号機が、海に拒まれたN2の前に飛び込んだ。 ゆっくりと膨れ、光をまといだすN2爆雷。 「フィールド全開!」 はじける直前のN2をATフィールドで包み込むが、目に見える速度でATフィールドが押し返されていく。 このままN2爆雷が爆発すれば初号機はおろか、第三新東京市も消える。 初号機に乗るシンジもそれは理解していたがATフィールドも万能ではない。 「くっ・・・」 『シンジ君、そのまま持ちこたえて。リツコ、なんとかならないの!』 『もう作動した以上、ATフィールド内のN2が爆発しきるまで止める手立てはないわ。それにもし今ATフィールドが無くなれば、N2単位の爆発力にさらにバックドラフト現象が起きる』 ディラックの海が物を拒むなど思いもしない不測の事態に慌しくなる。 だが、誰もが目の前のN2に気をとられ何故拒んだのか考えもしなかった。 現に初号機も沈む事無くディラックの海の上に立っている。 海が震えた。 「き、たか」 ディラッグの海に小さなヒビが生まれた。 それを期にディラックの海の湖面がうねり次々と砕け崩壊していく。 『何が起こっているの?!』 『解りません。全てのメーターが振りきられています!』 『まさか、カヲル君が』 『無いとは言い切れないけれど、これは・・・使徒が苦しんでいる?』 誰もが砕けていくディラックの海を見つめていたが、シンジだけは違った。 呻くように動き出した、上空に浮かぶ使徒の影だけを見つめている。 「カヲル、来い!」 初号機が上空の影へと叫ぶと、影を突き破り手が飛び出した。 影であるはずのものから噴出す血の雨のせいで赤く染まってしまっていたが、それは零号機の腕だった。 出口を探るように動いた手は使徒の影にできた穴を広げていく。 やがて広がりに差し込まれる二つの腕。 一気に引き裂き、そして。 咆哮。 大地を、大気を、星そのものを揺るがすような咆哮が響き渡った。 使徒の血で純白の身を赤く染めたエヴァ、それはまさに堕天使。 「目覚めさせたのか・・・エヴァを。だがどうするつもりだ」 エヴァは第一使徒のコピーである。 それが目覚めたという事は、人を守るエヴァから人を淘汰する使徒になったという事だ。 さすがにそこまでするとは予想できなかったシンジの背に冷たい物が走る。 『シ・・・君、・・・・・・を』 かすかに届いた通信の意図を読み、シンジが一、二の三で後方へ跳んだ。 ATフィールドが解け、一気にはじけようとするN2爆雷の前に零号機が降り立った。 そして腕を一振りしただけで、爆発寸前のN2爆雷は消滅した。 「ディラックの海か」 シンジの呟きに応えたわけではないだろうが、再び咆哮をあげる零号機は背にあるエントリープラグを引き抜いた。 砕けた地面に置かれたエントリープラグからカヲルが降り、未だ動き続ける零号機の前に立った。 その身を深紅に染めて咆哮を上げ続ける零号機とカヲルが対峙する。 聞こえたわけではないが、シンジはカヲルの唇が動き言葉を放ったのを見た。 『さようなら、ダブリス。もう一人の僕』 振り上げられるカヲルの腕、今までで一番大きな咆哮をあげた零号機。 腕が振り下ろされると同時に零号機は我が身を切り裂き、自害した。 零号機の上げた咆哮を聞いたネルフの誰もが、エヴァへの恐怖を抱いていた。 人が触れてはいけない物へといままで関わってきたという禁忌の恐怖である。 「なんて物を・・・なんて物をコピーしたの。私たちは」 現ネルフで三番目にエヴァを知り、一番エヴァに関わってきたリツコでさえそう漏らした。 言葉こそ放たなかったが、ミサトやオペレーターも同様の考えであった。 本当にエヴァは人類を救世するものであろうか。 その牙が人類に向かないと何故言い切れるのだろうか。 だがここに一人我が身をも切り裂いた零号機に恐怖を抱かぬ者がいた。 ある者を映すモニターに釘付けになったアスカである。 「どうして・・・どうしてそんな顔ができるの」 彼女が恐怖を抱いた相手は、 「変よ。なんで」 動かなくなった零号機に恐怖を抱くわけでも、悲しむわけでもない。 いや、むしろこの光景を喜んでいるように見えるカヲルであった。 |