long long stairs

第十三話 静止した闇のなかで


普段はゲンドウと冬月が並ぶ光景が当たり前の司令室に冬月の姿は無い。
変わりにシンジの姿が司令室にあったが、ゲンドウの横ではなく正面に立っていた。
お互いが面と向き合い何も語ろうとしない。

いや、シンジは言葉を発する事ができないでいた。
自分がゲンドウを見下ろす形となっているはずなのに、自分が見下ろされているような威圧感が迫ってくる。
すでにシンジとゲンドウがこうして向き合う事三十分が経過していた。
シンジの頬にジワリとにじんだ冷や汗が雫となって流れていった。

「何故ファーストチルドレンを助けた」

ネルフ司令としてあってはならぬ問いかけだが、シンジはさほど驚いてはいなかった。
碇ゲンドウとしては当然の問いかけだからだ。

先日の火口での一件を思い返し、今一度自問自答をする。
カヲルは敵だ。 いずれたった一つの座をかけて殺しあう宿命にある敵だ。
ならばあの時の父の見捨てろと言った言葉、事故に見せかけた暗殺は正しかったのだろうか。
事故とは言えあからさまな暗殺は、生命の実が集まりきっていない今はまだ早い。
だがそれは建て前でもある。重要なのは、自分がカヲルを殺せるかと言う事だ。

「計画を破棄するつもりか」

一向に答える気配を持たないシンジにゲンドウが、突きつけるように呟いた。

「破棄できるはず、ないだろ」

自分たちはすでに後戻りを考える事さえ許される状況ではない。
例え誰を傷つけようと、誰を切り捨てようと突き進んでいくしかないのだ。

「カヲルとの決着はいつかつける…ただ」

「ただ、なんだ」

カヲルは確かに言っていた。
約束された日が来ない限り、僕たちは敵じゃないと。

「あの時は違うんだ」

自分の中だけでの結論をそのまま口にしただけで、まともな会話とはなっていなかった。

「そうか。シンジ、私をし」

元々明かりが少なく薄暗かった部屋が一気に暗闇のそこへと落ちていき、ゲンドウの言葉も消えていった。
明かりが消えた事に気付いたのは数秒後、ゲンドウがすぐさま専用の回線へ繋げようと受話器をとるが耳に当てると直ぐに下ろした。
暗闇に慣れてきた目でシンジに合図をすると、シンジが司令室の入り口前に立つがドアが動かない。
もう一度目を合わせるとゲンドウが立ち上がった。

「変だね」

「ああ、復旧にここまで時間が掛かるとは思えん」

「確かネルフの電気系統は、正、副、予備の三系統だったよね」

「その全てが同時に落ちるとは考えられん。敵だ」

開かないはずのドアへと向かったゲンドウは、ドア脇の壁に手を当て探るようにその手を動かし始める。

「敵って、それに発令所までどうやって」

「シンジ、憶えておけ。人間の敵は人間だ」

そう言ってサングラスの位置を直したゲンドウの手元には、ドアを手動開閉させるハンドルがあった。









同時刻、ネルフの正面ゲートで立ち尽くすカヲルの姿があった。
疑問符を顔に浮かべて目の前のゲートとIDカードを見比べている。
一体何が起こっているのか理解できなかったようで、もう一度ゲートの改札へとカードを通した。
やはり結果は同じくIDカードの確認音も無く、ゲートが開く様子も無い。

何が起こっているのかと言う原因はわからずとも、何かが起きた結果がわかったカヲルは顎に手を当てて意味も無く「ふむ」と呟いた。

「まさかネルフが乗車拒否とは…」

もちろん冗談だが、冗談では済まされなくなった。

「あんたバカァ? 乗車じゃなくて入場でしょうが!」

突然の背中からの衝撃であやうく改札へとぶつかりかける。
あわてて自分の体の慣性を殺して自らを蹴った人物へと振り返ると、そこにはアスカの姿があった。

突然蹴られた事に驚いたカヲルだが、アスカの方も蹴った相手がカヲルであった事に驚いていた。
よくよく考えてみれば、ネルフに学生服で居るような人物は二人しかいない。
先日カヲルに八つ当たりまがいの事をしていた事が思い出され、気まずく顔をそらした。

「こ、こんな所に突っ立ってなにしてるのよ。そもそも、乗車拒否ってなによ」

「僕としてはまず謝罪の言葉が欲しい所だけれど」

「うっさいわね。あ、あんたがボケるから突っ込んであげたんじゃない。こっちが感謝してほしいぐらいよ!」

もちろん本心ではないが、ほかに言い逃れ様がなかっただけだ。

「君は…面白いね」

あまりカヲルが怒ってない事に安心しつつも、面白いと言う表現がカチンときた。
だがこれ以上言い返しても墓穴を掘りそうで踏みとどまる。

「どうやら下で何か起こってるみたいだ。ネルフ本部内で停電とは考えられないからね」

「なにかって何よ」

「そこまでは解らないけど」

ボケと過激な突込みから自然と会話していたが、カヲルがようやくある事に気付いた。

「惣流さん…どうしてここに?」

「あんた、やっぱボケキャラだわ」





停電中だから当たり前だが、数メートル先さえ見えないような暗闇の中をすすむカヲルとアスカ。
カヲルが前を歩いて道を探りアスカがその後を続いている。
とりあえずは何が起こっているかを知るために徒歩で本部内へと向かう事にしたのだ。

「別に長くなる話じゃないわ。十年ぶりに会ったシンジの様子がおかしかったから、それを知るために私はこのカードをママから受け取った。たぶんママにカードを渡したのは碇のおじ様だろうけど」

本当に長くない話を聞いたカヲルは、話のおかしさに首を傾げる。
シンジが資格者である事は委員会も知るところであり、当然仕立て上げたのはゲンドウだろう。
シンジ自身も資格者である事になにかしら想いを抱いているのは間違いない。

ではこの惣流・アスカ・ラングレーという少女をネルフ本部にまで迎え入れた意味とは何か。
利点が見つからないどころか、むしろシンジにとっては足かせにしかならないのではないのかと思える。
カヲルは相当する人物に心当たりが無いため想像するしかないが、幼い時代を共にした人を簡単に斬り捨てる事ができるだろうか。
シンジは冷徹ぶっていても、ふいに生来のものであろう甘さが出ることがある。
斬り捨てる事など不可能だ。

「ねえ」

カヲルが急に黙り込んでしまった為か、すこし声に不安がにじんでいた。

「今度は私が聞くけど、どうして本部にいくのに私を誘ったのよ」

「どうしてって、惣流さんも本部へ行くつもりだったんだろう?」

「それは・・・そうだけど、私あんたにいきなり怒鳴ったりしてイメージ良くなかっただろうし」

後悔と言うものは後で悔しく思うからこそ後悔なのだ。
今思えば、確かにカヲルはシンジに名で呼ばれてはいるが、実際に読んでいるのはシンジである。
カヲルに対して物言いに行くのは八つ当たりとしか言えない。
あの後家に帰り着いてから数時間後にその事に気付いた。

直接的な謝罪の言葉は無くとも、謝罪したいという気持ちが十分に言葉に含まれていることがわかる。
謝罪の気持ちよりもアスカが気に掛けて居てくれたことがカヲルには嬉しく感じた。

「君に、興味があったんだ」

「え?」

全く飾りの施されていない言葉だが、正直な気持ちだった。

「僕は生まれて直ぐに多くの物を大人から与えられた。チルドレンと言う名の称号、神の使いである使徒と闘う宿命、そしてエヴァンゲリオン。僕にはとても多くの物が与えられた」

興味があったという言葉に不覚にもドキッとさせられたアスカは、急な話の転換に一瞬ついていけなかった。
慌てて頭を振って必至に話しに追いついた。

ネルフの体制をまったく知らないアスカは、今更ながらネルフの異常さに気付く事になった。
知り合いでもあるゲンドウが司令を勤める組織を悪くは思いたくは無いが、自分と同じ年代のシンジとカヲルに使徒という脅威と戦わせるのは明らかにおかしい。
先のカヲルの台詞が多少誇張されていたとしても、幼少時にはすでにネルフに関わっていたのだろう。
ふいに思い出したのは紫色のエヴァンゲリオン。
もしかすると十年前にシンジが急にいなくなった理由もネルフに関わり始めたからかもしれない。

「大人だらけの世界で僕は、チルドレンと言う名の偶像として生きてきた。普通の人とは違う、特別な存在・・・そう言われ続けることで僕はとても寂しい考えに行き着いてしまった。僕はこの世界でたった一人だと」

「あんた」

アスカはカヲルの言葉に対してどう言葉をかけて良いのか解らなくなっていた。
自分が世界にたった一人だと思うまでの孤独とはどんな環境なのか。
子供のいじめと言うカヲルの過去とはレベルの違う孤独でも、自分にはまだシンジやレイがいた。
理解しきれるはずがない。

「そんなある日、僕以外にも一人同じチルドレンが居ると聞かされた」

「それってシンジ?」

「そう。その日から僕にとってシンジ君以外の人はすべて同じに見え、それと同時にどうでも良い存在になっていった」

言葉が途切れ、暗闇と同じような静寂が訪れた。
僅かに聞こえるのはお互いの足音だけ。

アスカは改めてカヲルの後姿をみつめた。
シンジの男として完成に近い体つきとは程遠い華奢な体、顔だって女で通りそうなほどだ。
でもそんな表面的なところからは想像もつかない過去。

「・・・そう思っていたけれど、違った」

振り向いて真っ直ぐ見つめてくるカヲルの瞳に、アスカの胸が今一度ドキッと弾んだ。
カヲルの過去のインパクトですっかり忘れていたが、元はカヲルが自分に興味があると言っていたのだ。
一度大きく弾んで静まった胸の音がゆっくりと、だが確実に大きく速くなっていく。

そんなアスカの心の内を知ってかしらずか、今までの口調を一変してカヲルは明るく言い放った。

「君が僕の世界の殻を破ったんだ。例えそれが八つ当たりの結果だとしてもね」

「むぅ・・・悪かったと思ってるわよ。それに結果オーライなんでしょ、グチグチ言わない」

「そう思うのなら、惣流さんも気にしない事だね」

「私は別に最初から気になんかしてないわよ」

言葉を態度で示す様に、カヲルを置いて歩いていく。

「そういう事にしておくよ」

ゆっくりとアスカを追いかけ始めると、数メートル歩いただけで突然アスカが振り返った。
腰に手を当て、一指し指でカヲルを指してくる。

「言っておくけど、私はシンジにしか興味ないからね。あんたなんかアウト・オブ・眼中よ」

「はいはい、惣流さん」

「後もう一つ。一人ぼっちの世界の殻が破れたとして、あんたは結局そこから外を眺めるだけなの? そんなんじゃ、結局あんたは一人よ」

何が言いたいのかと戸惑うカヲルに、アスカは無理もないかと思った。
偉そうな事を言っても、自分はシンジと言う幼馴染に歩み寄ることさえ苦労しているのだ。
カヲルのように全くゼロから誰かに歩み寄れと言うのも無理があるだろう。

「カヲル、あんたこれから私の事は名前でよびなさい。それぐらい許してあげるわ」

意図は見せずしてどうすれば良いかの標だけを与えて歩いていくアスカ。
これで話は終わりとばかりにズンズンと先の見えない暗闇を突き進んでいった。

「ほらカヲル、先に歩いてくれないと道がわからないんだけど」

「アスカちゃんが先に歩いていっているだけだろう。それに僕もネルフに来て日があさいんだ。道なんか知らないよ」

カヲルの言葉にアスカは二度悲鳴をあげた。









ジオフロントの電源が落とされてからの発令所の指揮は冬月がとっていた。
ゲンドウとシンジが司令室に篭ったことによりたまたま発令所にいただけなのだが、幸いした。
どんな組織も頭がいなければ各部署がバラバラに動く事になり上手く機能しないからだ。

冬月はまず敵は誰だという事よりも、何を守るべきかを優先した。
敵を想像すれば何を守るべきか見えては来るが、このネルフにある装備で優先順位は存在しない。
エヴァ、パイロット、マギ、どれ一つが欠けてもネルフの運営が不可能になるからだ。

「保安部は本部へと向かったと思われるファーストチルドレンの確保を、エヴァへの警護は最低限でよい」

「しかし副司令、エヴァの警備をおろそかにするわけには」

「かまわん。どうせたどり着いた頃にはエヴァの周りは人であふれておる」

一体どういうことかという顔をしたリツコに説明する時間が惜しかったのか、冬月は適当な者をつかまえて手の空いているものを集めるように命令した。

「碇がくればすぐにわかる。それよりもマギへと流すダミープログラムの方はどうなっている」

「それは現在おこなっております」

「・・・きたか」

誰がとリツコが疑問符を浮かべる前にその声が聞こえた。

「冬月、現状を的確に伝えろ」

「現在ネルフの全電源が停止し、ファーストチルドレン、作戦部長以下多数の職員の行方がしれん。ファーストチルドレンへの捜索を開始し、マギへはダミープログラムを走らせている」

「そうか、私は非常時に備えエヴァの発進準備をする」

「ああ、そうするだろうと思って人は集めておいた。赤木博士、君も碇についてケージに行くといい」

「解りました」

マギに関してマヤに手早く引継ぎをおこなうと、ケージへと向かうゲンドウの後にリツコは続いた。
その時だった、行方が知れなかった職員のうちの一人が発令所に駆け込んで来たのは。
おそらくここまで走ってきたのだろう、肩で息をしつつもかれは何故か手に持っていた拡声器を使って叫んだ。

「現在使徒接近中、直ちにエヴァ発進の要ありと認む」









普段はカタパルトで地上へと華々しく発進させられるエヴァだが、今の初号機は腹ばいで匍匐前進を行っていた。
そこはネルフへのエヴァ用資材搬入口で、カタパルトが使えない今エヴァが地上へと出る唯一の通路であった。
いくらエヴァ用の資材搬入口といってもエヴァ自身が通るようにはできていない。
匍匐前進で機体のあちこちをぶつけながらもシンジは先へ先へと地上への脱出を急いだ。
今回の使徒殲滅には時間がない。
ネルフが停電に陥っている今、内部電源を使い切ればそこで終わりだからだ。

「あそこか」

やがて見えてきた入り口を拳で吹き飛ばすと縦穴にたどり着いた。
そこから顔を出して僅かに見えるであろう空を見上げようとした時、シンジは橙色の何かを見た。
何を見たのか形容できなかったのはそれが形を変えながら自分へと向かってきていたからだろう。
それが使徒による攻撃であると悟ったのは、酸を顔面にもろに被ってからだった。

溶けた鉄を垂れ流しにされたような高熱の痛みにシンジはバランスを崩し横穴から落ちた。
手を壁に伸ばそうにも落下の浮遊感で何処が壁だかもわからずに、未だ降り注ぐ酸と共に最下層にまで落ちた。
背筋から胸へと痛みがかけぬけるのを知覚した瞬間、さらに降り注ぐ酸を交わすために通路へと飛び込んだ。
闇雲に跳んだため再び体を打ち付けた時、聞き覚えのある悲鳴がシンジの耳に届いた。

『きゃああああああ!』

すぐさま声のした方に顔を向ける。

『シンジ君!』

再び聞こえてきた声に、シンジはとっさにエントリープラグをイジェクトした。
状況が全く読めないがアスカとカヲルが近くのいるのなら保護しなければならない。
そうしなければ現時点で使徒に勝てないと判断するしかなかった。
痛みがあるはずなのにじんわりとしたぼやけた感覚しかない両目が理由だった。

「二人とも乗れ!」

説明している手間も時間も惜しかった。
エヴァの手のひらに人二人分の重さが加わるとエントリープラグにまで運んだ。
LCLに飛び込む音が二つ聞こえると、尋ねられる前に必要最低限を伝える。

「現在使徒の侵攻中だ。惣流は大人しくしてろ」

「わかったわ」

「シンジ君」

振り向かずに言ったシンジを不審に思ったが、すぐに理由がわかった。

「カヲル、俺の目になれ。目が開かない」

シンジの顔を覗き込んだカヲルは、赤く火傷したように熱をもった皮膚をみた。
一時的な症状かどうかは判断がつかなかったが、はやく医者に見せるべきだとは思った。

「だったら僕が初号機を使う。その方が上まで行かなくて済むし、確実だ」

「駄目だ。お前の空圧弾じゃ、あの液体で相殺される。残された内部電源で勝つには加粒子砲しかない」

「でも例え残りの内部電源全てを使っても使徒を屠るだけの威力は・・・」

シンジもそれは百も承知だ。
以前加粒子砲はエヴァの停止の恐れがあるとまで言われているのだから。
それでも現状で地上から攻撃を仕掛ける使徒を倒す手は加粒子砲しかないのだ。

「僕が今から零号機を取りに行っても間に合わない。かといって加粒子砲も・・・」

「とるべき道が一つならやるしかないだろう!」

「冷静になるんだ。今はアスカちゃんが乗っているんだ。無謀な賭けには賛同するわけにはいかない!」

「だったらどうしろと言うんだ。他に案があるなら幾らでものってやる!」

「止めなさい!!」

今まで大人しく隅っこにいたアスカが二人よりも大きな声を張り上げた。

「いがみ合っている時じゃないでしょ。前のユニゾンってのは何処言ったのよ、あんたたちバラバラじゃない!」

「ただ単に協力して使徒を討てるならもうしてる」

「順番が違うでしょうが。一人じゃできないから協力するのよ!」

アスカの言葉をきっかけに、とある方法がカヲルの頭の中でひらめいた。
実際にできるかどうか怪しいものだが、成功確率が無い策よりは幾分マシに思えた。

「できるかもしれない。僕とシンジ君が文字通り力をあわせれば」





一体どんな手を使うのか説明を受けたシンジは、カヲルの支持に従い滝のように降ってくる酸の前に立った。
飛び出すタイミングを計るかのようにやや前傾姿勢である。

実際にエントリープラグの中のシンジとカヲルは飛び出す気であった。
作戦自体は難しくない。
強力な酸の滝が僅かにでも途切れた一瞬で飛び出し、加粒子砲で使徒を撃つ。
問題のエネルギーは、合計六つの生命のみを持ってシンジとカヲルが自ら造り出すのだ。
カヲルはその方法を共振と呼んだ。

「生命の実の今の状態は休眠している状態なんだ。完全に目覚めさせることはできないが、そこから篭れ出る力を増幅させれば加粒子砲の一発程度のエネルギーは手に入れられるかもしれない」

ほとんどかもしれないの希望的観測だが、これ以上の手は無かった。
アスカは何の事だかさっぱり解らなかったが、シンジはしっかりと意味を理解し頷いた。
すでに内部電源は一分を切っており素早い決断が求められた。

「いまだ!」

目の見えないシンジの変わりにカヲルが合図を出し、初号機を酸の滝の中に突っ込ませ右腕を空へと掲げさせた。
タイミングを計ったとは言え酸の滝が途切れたわけではない。
再度焼けるような痛みに襲われながらもシンジは生命の実に語りかけるように集中した。

暗く何も見えなかった闇の中のイメージの中に浮かぶ三つの生命の実。
だが、ただそこにあるだけでなんの動きも見られない。
元々閉じられていた瞳をさらに閉じるように力を込めて無理やり集中するが、変わらない。
僅かに生まれた焦りは、酸による痛みでさらに大きくなっていく。

「動け・・・動け、動け!」

焦りが声によって具現化する。
何故共振が行えないのか、自分では無理なのか。
焦りと苛立ち・・・やがて完全に集中が途切れた時、シンジの肩に置かれたカヲルの手。

「落ち着いて、シンジ君ならできるはずだ。難しく考えずに、ただ自分を信じるだけでいい」

一瞬信じられないほどに自分が安らいで行くのを感じた。
あくまでイメージでの話だが、ピクリとわずかに生命の実が動いた。
もう後は意識を集中するまでもなかかった。
自分の中でどんどんと大きくなっていく力をはっきりと感じた。

ピーッと警告音のようなものがなり響き、内部電源の値が無限大を示す。
見えない目でカヲルの顔を確認すると、頷き返してきた気がした。

「おおおおおおおおおおおっ!!」

段々と右腕の甲にある射出口に灯っていく熱を解き放つように叫んだ。
解き放たれた光は空へと上る。
使徒が放った酸を蒸発させ、資材搬入路を削り取り、ただひたすらに空へと上っていく。
一体それがどれほどの発光と熱量だったのか、目を閉じているはずのシンジにも光が見えた。

「うそ・・・消えた、なにもかも」

アスカが呟いたのは、光が空を貫いた数秒後。
その言葉に誇張は何も無かった。
手加減など知らぬ全力で放ったその一撃は、初号機から空に至るまでの空間に存在する全てを消し去っていた。
遥か上空に見えるのは雲ひとつない空、雲すらも例外なく吹き飛ばしてしまっていたのだ。

「カヲル・・・お前に助けられたな」

「何時も助けられるのは僕だからね。たまには活躍の場をくれてもいいと思わないかい」

冗談めかした言い方に口の端をあげるち、力を解放した余韻と使徒を倒した安堵から、シンジはぐったりと座席にもたれかかった。

「一つ聞いていいか?」

「僕に答えられることならね」

今回の事で、疑問が生まれた。
自分は今、カヲルを殺す事に躊躇いを感じ始めている。
ではカヲルはどうなのだろうか、自分を殺す事に何も感じないのだろうか。
確かに今回はカヲル自身の身の危険もあった。
では仮に、自分一人が危険だった場合カヲルはどうするのだろうか。

「お前は俺を・・・」

殺す事ができるのかと問う前に言葉を途切れさせ、自分自身で納得したように首を横に振った。
それは聞いてはいけない事だった。
もしも答が「NO」だったら・・・自分が壊れてしまいそうで。

「いや、なんでもない」

「そう」

「ねえ、いつまでこの中にいさせるつもり? 慌てて乗ったから今まで気付かなかったけど、これってすっごい気持ち悪いわ」

一瞬妙に静かになったエントリープラグ内にアスカの声が響き、シンジとカヲルは同時に笑った。
これとはLCLの事らしいが、彼女にとっては気持ち悪くて赤い液体、ただそれだけなのだろう。
ネルフもエヴァも使徒さえも、彼女にとってはなんの意味も無い。
だからシンジはアスカをカヲル以上に恐れ、距離をとろうとしてきた。
彼女に心惹かれるままに、自分の成すべき事の価値が薄れてしまわないよう。

「シンジ?」

「ああ、なんでもない。さっさと本部にもどってシャワーでも浴びようか」