long long stairs

第十話 向き合えぬ心


数日前から第一高等学校には風が吹いていた。
たった一人の少年が現れたことで、大きな風が吹き荒れたのだ。
噂と言う言葉の風が吹き、多くの生徒の興味が彼一人に注がれ更なる噂と言う風を呼んだ。
吹き荒れる風の中心に居るのは、渚カヲル。

まさに発生源が彼であるかのように実際の風も吹き、彼の髪が緩やかに流れる。
遠慮の欠片もないような無粋な視線の主にも優雅な笑みを送り、彼はとある教室へと向かい歩いていた。
その教室とはシンジの居るクラス、そしてカヲル自身のクラスでもあった。

「おはよう、渚君」

「オッス、渚」

教室へと入った瞬間に男女問わず投げかけられる挨拶、シンジの転校してきた時とは段違いの待遇であった。
シンジの場合がかなり特殊と言わざるを得ないが、カヲルが周りに返す笑顔が何よりの差だろう。
魅了とまで言えそうな笑顔が、誰も彼もを惹きつけていた。
しかし周りの反応とは裏腹に、カヲルの機嫌は決して良くはなかった。

「おはよう」

カヲルがある人物に向けて挨拶を投げかけると同時に、僅かだが静まり返る教室。
投げかけられたシンジは、かなりの間を持ってから「ああ」とだけ返した。
短い言葉を返す間も、決して目を合わせようとはしない。
これこそ、カヲルの機嫌を損ねている原因であった。

「渚、いくらシンジに愛想ようしても無駄やで。笑顔の無駄遣いや」

「トウジそれはちょっと酷いと思うぞ」

すでにネルフで一度顔合わせはあったものの、ネルフはおろか学校でさえ口をきく機会がない。
面と向かった時は目を背けるくせに、それ以外の時は確かにシンジの方から視線を感じる事が多々ある。
これでは無愛想の一言で片付ける方が無理があった。

(監視されているのか、僕は)

同じチルドレンと言う存在であるにもかかわらず、シンジの目は仲間を見るようなものではなかった。
カヲルが背を向けると再び視線を送り出すシンジ。

そしてここに噂の転校生であるカヲルではなく、不審な行動をとるシンジを見つめるアスカがいた。
その表情は、以前の過去と現在という時の間で迷っている時と同じような顔である。
アスカはまた悩んでいたのだ。
シンジを見て思い出すのは、先日のミサトの言葉。

「いえ、ただ・・・模範解答を聞かされているような感じがして」

確かにシンジの答えは、模範解答と言われても仕方のない言葉だった。
言われた当初は納得したが、今ならキッパリと違うんじゃないかと問い返す事ができるだろう。
かと言って、今すぐシンジに問いただしに行くと言う選択肢は出てこなかった。
もしも違うんじゃないかと言う問いに肯定が返ってこれば、次なる返答が怖かった。

今は確実に再開当初よりもシンジに近い居場所に居られている。
それは間違いなく、建て前であろうとシンジの闘う理由を知ったからだ。
違うんじゃないかと聞き返して肯定されたら・・・また、突き放されるかもしれない。
想像でしかない事でも、アスカにとっては十分過ぎるほどの恐怖であった。









戸惑うカヲルと迷うアスカ、先に行動を始めたのはカヲルだった。
放課後になった途端、帰りの寄り道に誘おうと画策する女生徒の脇をすり抜けシンジの前へとたどり着く。
もちろんその余りにあからさまな行動は人の目についた。

何故そこまでシンジにこだわるのか。
多くの生徒が、シンジに関わろうとするカヲルに注意を促した。
アイツには気をつけたほうが良いと。
だがそれに対しての返答は一様に悲しい笑顔であった。
余りにも悲しい笑顔に、何時しか誰もシンジの事で注意しろとは言わなくなっていた。

「話があるんだけど、いいかい?」

シンジは目を細め、返答に戸惑った。
カヲルは明らかに自分と接点を持とうとしているが、その意図が見えなかったからだ。
遠くない未来、お互いがお互いの邪魔となる存在でしかない。

「手短にしろよ」

最大限警戒しての一言だった。
何よりそれぞれの理由で目立ってしまう為、教室から逃げる為の言葉でもあった。





屋上についてから直ぐではなく、通り過ぎる風を十分に浴びてからカヲルは告げた。

「同じチルドレンであるにも関わらず、君は僕を避けているね?」

さすがにストレートに監視しているとは尋ねなかった。
だがどちらにせよ返しにくい問いかけに、シンジは何も答えてこない。
ただカヲルの前で立っているだけである。

多少なりともこうなる事は予想済みだったのか、ゆっくりと右手を差し出すカヲル。
意思の疎通を達する事が出来るのは何も言葉だけではない、行動で表現した方が伝わる事もある。
言葉と行動同時ならなおの事だ。

「友好の証、握手さ」

「友好・・・何の為に?」

余り変化しないシンジの顔が、僅かながら険しくなった。

「この世界にたった二人のチルドレン。使徒を倒す為にもその方が都合が良いとは思わないかい?」

「必要ない。友好などなくても、作戦行動は可能だ。用事がそれだけなら俺はもう行くぞ」

言葉は全て本当の想いだが、シンジはカヲルの行動全てを疑ってかかっていた。
同年代の少女が騒ぐその笑顔も、この優等生的な発言も全て何かの布石なのではないかと。
背を向けて屋上を去りながらも、全神経をカヲルに向けて集中させているシンジ。
本当にすぐ階段の下までアスカが来ている事に気付くのが遅れた。

「シンジ?」

「あ、ああ。悪い、今日はネルフがあるから」

「そうなんだ。でも、そうならもうちょっと早めに教えてよね」

もう一度悪いと言ってすれ違うシンジは、気を張り詰めている雰囲気があった。
一体渚と言う転校生と何を話したのか、ふと屋上への扉を見たが、そこから見えたのは青い空だけだった。

屋上に一人残されたカヲルは、じっと自らが差し出した手を見つめていた。
まさか真っ向から拒否されるとは思ってもみなかったのだ。
自分になにか落ち度があっての事なのか、唯一つわかった事は、

「例え同じ場所に立とうと、向き合う事が無ければ孤独である事に変わりはないのか」

決して嬉しくはない事実だけであった。









強化ガラスの向こうは紫色の特殊な液体で満たされており、そこに立てられているのはエントリープラグ。
エヴァに対し擬似的にシンクロ値を推し量る為の実験装置である。
学校とクラスまでもが同じはずなのに別々にネルフへと訪れた少年たちは今、そのプラグないに居た。
「00」とナンバリングされているのがカヲルがいるプラグ、「01」とナンバリングされているのがシンジのプラグ。

シンクロ値はエヴァとの力をどれだけ引き出せるかの目安でもあり、かなり重要な情報である事は間違いない。
今この部屋に居るのは技術部部長であるリツコと作戦部部長のミサト、後は数人のオペレーターである。

「それじゃあ、いいわね。カヲル君は本部での初めてのテストだけれど、やる事はかわらないわ。落ち着いて集中してちょうだい。シンジ君は何時もの通りでいいわ」

『わかりました』

『了解』

「では、シンクロスタート」

相変わらずの奇麗な笑顔なのに何処か沈んでいる感じをカヲルから受け、リツコは一瞬方眉を上げた。
しかし、初めての本部でのシンクロ実験での緊張とも捉えることもできたため続けた。

直ぐさまオペレーターのコンソールには二人のシンクロ値が映しだされていく。
ここではシンクロ値の他に、精神汚染に対する抵抗値も測る事ができるが今日は単純なテストである。
なのにシンクロ値を見たオペレーターの顔は優れない。

「先輩、ちょっといいですか。シンジ君のシンクロ値は上昇傾向なんですけれども、カヲル君のシンクロ値が」

「確かに、変ね」

「なになに、どう変なの?」

リツコとマヤが首をかしげているため、ミサトまでもがコンソールを覗き込んだ。
しかしめまぐるしく変わる数値に何が変なのかがまず解らなかった。

「ドイツでのカヲル君の平均シンクロ値は85.7%、なのに今日は70%をきってるわ」

「顔には出してないけど、環境が変わって少し戸惑ってたんじゃない?」

「そうかもしれないわね。カヲル君、ちょっといいかしら?」

通信は繋がっているはずなのに返答が無く、ミサトとリツコは顔を見合わせた。





『カヲル君、カヲル君?』

カヲルのプラグ内に通信は確かに届いていた。
ただ、カヲルの耳には届いて居ないようで、通信に気付く気配がない。
ぼうっと自らの手の平を見ていたかと思うと、おもむろにその手を胸へと当てた。

(僕の心が、震えている)

慣れた手つきでシンジの映像をプラグ内に映し出す。

(僕は今、本当の孤独の中にいる。なまじそこに希望があるからこそ、欲求が生まれる)

『カヲル君!』





「カヲル君!」

リツコが少し大きな声で名前を呼ぶと、ようやく呼ばれている事に気付いたカヲル。
目を見開いて驚きを見せていた。

「初めての場所で緊張するのは仕方ないけれど、もう少し集中してちょうだい」

『はい、すみません』

素直な謝罪の後に顔が引き締まり、すぐさまその影響がコンソール内の数値に反映された。

「シンクロ値77.2%、伸びませんね」

ぼうっとしているだけとも思ったのだが、そうではなかったようだ。
本当に初めての場所で緊張しているだけならば、メンタルケアぐらいしかできない。
しかし他の理由ならばしかるべき処置を行わなければならず、付き合いの浅いリツコには判断できなかった。

「お〜、やってるやってる」

突如開いたドアから聞こえた呑気そうな声。
余りにも似つかわしくない声にオペレーターは唖然とし、ミサトはその人物を指差し固まった。

「あ、か・・・加持、なんでアンタがここに!」

「なんでってこれでも一応カヲル君の保護者でね、ちゃんと本部勤務の辞令も受け取ってるさ」

ミサトは驚いた後うずくまってブツブツ言い出したが、リツコは保護者と言う言葉を聞いて加持を招き寄せた。

「丁度良かったわ。保護者の加持君から見て、カヲル君は環境の変化に大きく流される子かしら?」

「久しぶりに会ったってのに、もう仕事の話か。つれないな」

「茶化さないで」

キッと睨まれた事でこんなに感情的だったかと驚き、話を聞いてまた驚いた。

「俺の知る限り、カヲル君は図太い神経の持ち主だと思うが」

保護者と言ってもドイツから日本に渡るまでの数日の事なのだが、リツコの様子にできる限りを伝える。
加持が思い出したのは、戦場で指揮権の譲渡がまだなのにエヴァを起動させたカヲルだった。
指揮権の譲渡が行われていなければ色々と各方面に迷惑が掛かる。
責任を取るのが自分ではないと言う考えであっても、自らで後始末をつける気だったとしても、とてもか細い神経とは言えないだろう。

「そう」

それじゃあシンクロ低迷の理由は何だと考えをめぐらせた途端に、部屋が赤い光に染まり響く警報音。
頭を抱えて座り込んでいたミサトも顔を引き締め立ち上がり、リツコはこんな時にと舌打ちをした。
せめてシンクロ低迷の理由がわかるまではと思って居ても、使徒は待ってはくれない。









「先の戦闘において第三新東京市の迎撃システムは大きなダメージを受け、現在までの復旧率は26%。実戦における稼働率はゼロと言っていいわ」

ミサトが車から通信を行っているエヴァは、空。
零号機と初号機の両機が専用の飛行機にて運ばれている。

「したがって今回は上陸直前の目標を水際で一気に叩く。零号機ならびに初号機は交互に目標に対し波状攻撃近接戦闘で行くわよ」

『『了解』』

本来なら二人の連携を十分に訓練したいところなのだが、ぶっつけ本番しかない。
さらにはリツコ曰く、カヲルの調子が本調子ではないと言う事だ。
使徒戦はいつもそうだが、あまりにもカードのそろいが悪すぎる。

できれば何事も無くすんで欲しいと思うミサトが、キラリとひらめいた。
原因不明と言われているが、できるなら使えるかもしれない。

「リツコ、もしも初号機に倒した使徒の力を扱う事が出来るのなら、加粒子砲使えないかしら」

もしも使えるのなら、一瞬で勝負はついてしまう。

「無理ね」

「え、なんで?」

折角の光明を刹那に否定され、キョトンとするミサト。

「確かに使うだけなら可能性はあるでしょうけど、それだけのエネルギーを何処から持ってくるの? 使徒の力の使用に際してはそれなりのエネルギーが必要だという資料は作戦部にも通達してあるわよ」

「そう、だったかしら」

指揮車内部のそこらじゅうから不審気な視線がミサトに集中していく。
笑っていられる状況ではないが、笑うしかないミサト。
「無様ね」と親友にしか聞こえない大きさの声で呟き、笑っているミサトの変わりにリツコが告げた。

「シンジ君、聞いての通りよ。パイルと鞭はともかく、加粒子砲は例え外部電源があっても電力不足でエヴァが停止する恐れがあるわ。使えると思っても使わないで頂戴」

『・・・解りました。心に止めておきます』

実験中は気付かなかったが、直接言葉のやり取りをしてリツコはシンジの声の調子がおかしい事に気付いた。
使徒戦を前に緊張するなと言う方が無理なのだが、そういう感じでもなかった。
ほんの僅かすぎてはっきりとは解らなかったそれは、焦り。





カヲルはシンジが同じ資格者、同種であるという事で興味と好意をもっていた。
カヲルがシンジを強く意識しているのと同様に、シンジもまたカヲルを強く意識していたのだ。
その理由とは、同じ資格者、同種であるからこそシンジはカヲルに警戒心と競争心を抱いていた。
感情の原点が同じでも、行き着いた感情が全く異なるものだからかこそ、二人の心は向き合う事がない。

「渚、お前が何を企もうと勝つのは俺だ」

初号機が先に輸送機より投下され、続いて零号機が投下されていく。
空気を裂いて降りた砂浜の砂が舞い、すぐさま外部電源と武器を載せたトラックがやってくる。

『僕にはパレットライフルは不要です。下げてもらって結構ですよ』

『でも素手じゃ・・・もしかして第六使徒の』

ミサトの呟きに返された笑顔の返答から、その先は容易に知る事が出来た。
資格者だからこそ手に入れられる力。

「葛城さん、俺のほうの武器も下げてください。外部電源もありますし、いけます」

『解ったわ。けれど二人とも、油断だけはしないでね』

通信がきれ外部電源の接着が終わると、二機同時に立ち上がる。

『来たようだね』

まだ距離はあるものの、盛り上がり水柱となっていく海面。
巻き上げられた海水が重力に引かれ雨のように降り注ぐ中、現れた使徒は第三使徒に酷似していた。
人型と呼べる第七使徒は両手を万歳のように挙げながら海の中で立ち上がった。

『攻撃開始!』

『まず僕が攻撃して様子を見ます』

零号機が片腕を上げ、人差し指を第七使徒へと向けた。
ドンっという音に鋭い振動があたりに響き渡ると、エヴァの拳ぐらいの大きさで使徒の体が凹んだ。
続いて何度もドンっと言う音が響き、近づく事も出来ずにされるがまま使徒がダメージを受けていく。
カヲルは衝撃波と言う力をそのまま使うのではなく、一旦空気を圧縮してから打ち出す空圧弾として使っていた。
この辺りは力を見たまま使っているシンジとは違い、洗練されている。

『ナイスよカヲル君、そのまま使徒にダメージを与え続けて! 電源供給の方は大丈夫』

『全く問題ありません』

(強い・・・ダメージは決して大きくはないが、この連射速度。使徒には勝てる、勝てるが)

使徒を倒すのがカヲルになってしまう。

人類の絶対的な総数からみれば誰が使徒に勝とうが結果は同じだが、シンジは違う。
誰がではなく、自分が、使徒に勝たなければならないのだ。
シンジの焦りがやがてエヴァにもうつり、じりっと足が砂に埋もれる。

「一気に近づいてしとめます」

決断し、動いた。

『ちょ、シンジ君!』

『待つんだシンジ君。・・・攻撃を続行しますか?』

『攻撃範囲を広げて、海面に着弾させて目くらましを!』

ミサトが制止する間も与えず、初号機が砂浜から跳んだ。
カヲルはすぐさま命令を受諾して空圧弾を海面に着弾させて水しぶきを使徒の周りに撒き散らした。
初号機は海面に点々と顔を出すビルの屋上を渡り、使徒の上空へと躍り出る。

「うおおおおおおおおお!!」

初号機の右腕から解き放たれた光が鞭となって使徒を襲う。
振り下ろされた鞭がまるで豆腐を切るかのように使徒を真っ二つに分断した。

(誰にも生命の実を渡すわけにはいかないんだ)

シンジがエヴァごと振り向いた先には、零号機のカヲルがいた。
カヲルもシンジが自分に振り向いているという事はすぐに気付いた。
そして、いまだ僅かに動いている使徒にも。

『シンジ君、まだだ!』

「なに!!」

カヲルの声で振り向いた途端、真っ二つになったはずの使徒がそれぞれ脱皮をするように表皮を脱ぎ捨てた。
一体だった使徒が二体に増え、仮面が付いていない個体にもわざわざ仮面が現れる。
今更どんな原理でとは言わないが、理解を遥かに超えた事である事には間違いなかった。

『なんてインチキ!』

どんな原理でと、シンジの思考が止まった一瞬で全てが決まった。









わざと明かりを消された部屋の中を一本の光が貫いて壁に広がっている。
そこに映し出されるのは二体のエヴァと二体の使徒。
ただ初号機はすでに活動を停止しており、零号機によって肩に担ぎこまれていた。

『本日午後17時58分15秒、二体に分離した目標(甲)の攻撃を受けた初号機は活動を停止』

淡々と告げられた報告でシンジは右手で右手を握り潰すように力を込めた。
あまりにも無様すぎる敗北に、さらにはその窮地をカヲルに救われてしまった事に苛立ちを募らせていた。

『同20秒、零号機が初号機を回収。撤退の為第六使徒ガギエルの力で(甲)と(乙)を攻撃、足止めに成功。18時3分をもってネルフは作戦の遂行を断念。国連第二方面軍に指揮権を譲渡。同5分N2爆雷により目標を攻撃』

映写機によって望遠で二体の使徒が映し出され、すぐに映像が白く塗りつぶされた。
その直後に映し出された日本地図では、大地が円状にくりぬかれてしまっている。

『抗生物質の28%の焼却に成功』

表面をズタボロにされた二体の使徒は、事故修復でピクリとも動かない。
報告はここで終わりか、シンと静まり返った視聴覚室。
ゆっくりとミサトが立ち上がった。

「多少の恥はかいたけれど、とりあえずは時間が稼げたから良しとしますが」

「が」に力を込めて言ったミサトは、俯いて手を握り締めているシンジをみた。

「シンジ君、貴方の仕事は何かしら?」

「使徒を倒す事です」

「そう、それが解っているのならこのような独断専行は控えて頂戴。確かに直接使徒と戦うのは貴方たちチルドレンだけれども、そのお膳立てをする技術部や作戦部、その他部署も一緒に戦っている事を忘れないで」

本来なら独房入りしてもおかしくないほどの独断専行だが、使徒が現存する理由からそれはなくなった。
シンジもそれは解っており、次なる戦いの為に黙って入り口へと足を向ける。
その誰も近づけさせない雰囲気に誰も声をかけられず、リツコは鋭く弟の背中を見つめた。
あの時のシンジの行動は明らかにおかしく、何かを焦るかのように思えた。

「カヲル君、君も休んでくるといい。決戦は早くても一週間後焦る必要もないさ」

「はい、それでは失礼します」

頭を下げてから出て行ったカヲルをみて、リツコが呟いた。

「焦り」

「そう、シンジ君は何かを焦っていた」

「それってどういうこと?」

「それは俺にもわからない。ただ、リッちゃんや葛城はシンジ君の判断の速さを長所ととらえているようだが、それが冷静な判断でなければただの無謀だって事さ」

そういう考え方もできるのねと納得したミサトだが、リツコは違った。
何故焦ったのかと言う事へと頭を働かせにかかった。
分裂する前の使徒ならば、あのままカヲルの攻撃で倒せていた可能性が高い。
なのに何故わざわざ接近戦を行う必要があったのか。

「まあ、あれで使徒が倒せていれば、また評価も変わる。っとまあ無意味な議論は置いておいて、リッちゃんマギを貸してくれないか?」

しかし急な友人の言葉に驚き、リツコの考えは形になる前に霧散して行く事になった。