long long stairs

第八話 シンジ、心の向こうに


割と寝起きは良い方だと自覚しているシンジも、朝が辛くないわけではない。
当然のごとく何時までもこのまどろみの中にいたいという思いはある。
休日なら兎も角として、平日の朝は常に気力を振り絞って起き上がり伸びをして体を起こす。
徐々に覚醒していく体と意識が、やがて一つの感覚を鋭敏にする。
かすかに漂ってくる朝食の匂いを、鼻が捉えた。

「魚、鮭かな?」

急激に空いてきたお腹を早く満たしてやる為に、手早く着替えた。
部屋のドアを開けると、先ほどの匂いが更に濃くなり自然と足が速まる。

「おはようございます」

「あ、おはようシンジ君。お茶碗の用意お願いね」

台所でエプロン姿のミサトが振り向く。
そろそろ調理と言う行為に慣れてきたのか慌てた様子はなく、一見新婚主婦のようだが。
傍らに置かれた缶ビールが全ての絵面をぶち壊していた。

「ビール飲みながらご飯作るの止めません?」

「一本ぐらい飲んだうちに入らないわよ。それに、寝起きには迎え酒が一番効くわよん」

「たまに思うんですけど、よくそれで味付けが普通ですね」

茶碗を取り出しながらの問いかけに、味付けている本人がそうよねと小首をかしげた。
当然のごとく、ビールには苦味と言うものが存在する。
それに加えミサトは一々調味料の軽量などは行わず、感の一言で済ませている。
美味しく出来る要素のほうが少ないようだが、味はいたってまともであった。

「不味いなら兎も角、普通だからいいんじゃない?」

結局はそれが理由で、シンジは強く出る事が出来ないでいた。
もっとも意固地になってまで止めさせるつもりもなかったが。





「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜、おいち」

満面の笑みでの言葉だった。
ただしその右手にはるのは、二本目の缶ビール。
もはや何も言うまいと、シンジはもそもそと口を動かした。
鮭の塩味がお腹にしみた。

「そう言えば、今日ってシンジ君の進路相談じゃなかったっけ?」

朝食を堪能していたシンジの顔が、一気に苦くなった。

「来るんですか?」

「あによ〜、その顔は。私はシンジ君の保護者よ、当然じゃない」

「来るのは構いませんが・・・目立たないでくださいよ」

「解ってるわよ。正義の味方はその正体を知られちゃいけないわよね」

そのおちゃらけた言い方に、本当に解っているだろうかとシンジは疑いを強めた。
早急にもミサトが派手に登場した場合の対抗策を練り始め、刹那の間でそれは終わった。
大体どんなにミサトが目立とうと、自分に問いかけられる人物はアスカとトウジ、ケンスケの三人しかいない。
アスカはすでにその存在を知っているし、トウジとケンスケも深くは探ろうとしないであろう。
別に目立たれても構わないような気がしてきた。

少し投げやりになり朝食を再開すると、鳴り響いたチャイム。
ピンポーンと何十年も変わらない音にミサトが玄関へ向かうと、直ぐに戻ってきた。

「お姫様のお出迎えよ」

それだけで誰かわかってしまう自分に苦笑し、玄関へと向かう。

「おはよう」

「おはようシンジ。この私が迎えに来て上げたのよ、もっと嬉しそうにしなさい」

笑みがない挨拶に笑顔で返すアスカ。
その笑顔のなかに、何処か吹っ切れたような感じを受ける。

「ほら、ぼうっとしてないで鞄。朝っぱらから私を走らせる気?」

「了解」

「もっと気楽な返事はできないの」

ならばと「イエス、サー」と言ったら、「誰がサーよ」とスリッパが飛んできた。
何がいけなかったのだろうと思いながら鞄を取りに自室へと向かう。
途中アスカの家からここへは逆方向ではないかと思ったが、何も言わずに心にしまっておいた。
例えそれを指摘したとしても、そんな事どうでもいいでしょと明確な答えが帰ってこないと思ったからだ。
端末は学校の為、殆ど空っぽに近い鞄を手に取り戻る。

「行ってきます」

「はいはい、それじゃあお見送りっと」

シンジの後にミサトが付いてくると、それを見たアスカの目が急に険悪なものとなった。
そうなると解って付いてきたのだ。
ニヤリと嫌な笑いを浮かべてシンジを引き寄せた。

「はい、行ってらっしゃいのチューを」

「な、なにしてんのよ!」

慌ててシンジの腕を引っ張りキスを回避させ、そのまま玄関を飛び出した。
一方シンジは、回避させてくれた事を感謝しつつ、グキッと音が鳴った痛みに渋い顔をしている。

「まったく、あれの何処が保護者なのよ!」

「・・・・・・・・・」

「急に黙って何よ。まさか残念とでも思ってるんじゃないでしょうね!!」

ただ単に痛みから言葉を発する事が出来ないでいるだけである。
キーっと呻いた後、アスカは玄関からこちらをのぞき込んでいるミサトに向けて思いっきり舌を突き出した。
とても高校生と思えない行動だが、違和感がないのは整った顔立ちのせいだろう。
玄関から二人を覗き込んでいたミサトは、今日もいいものが見れたと微笑んだ。

「焼きもちか、可愛いんだから」









三日に分けて行われる進路相談は、午前授業で午後の空けた時間に行われる。
今日に進路相談がない者はすでに帰宅の準備を始め、ある者は普段どおり仲間内で昼食を広げる。
その表情は前者と後者で激しく別れ、前者は嬉々として学校を去り、後者は楽しいはずの昼食を陰鬱にとっている。
高校の進路相談ともなれば、中学の時とは格段にその意味が違ってくるからだ。

高校生ともなれば、進路の選択肢の中に就職と言う二文字が盛り込まれてくる。
中学の時にもないわけではないが、例外と呼べるほどにその選択肢は少ない。
シンジ、トウジ、ケンスケの三人グループの話題も進路に関してと言う、普段ならありえないものであった。

「俺は戦自に行くか、写真家か。どちらにせよ漠然としてるよ」

「漠然って、決まっとるやないか」

「戦自と言っても、兵士だったり研究員だったり細かく分かれていくよ。最も大学も行ってない奴が研究員になんてなれるはずないけどさ。写真だって、人を撮るのか景色を撮るのか色々あるだろ」

そう言われて見ればとトウジは漠然とした未来を思い描いてみる。

「わいは体動かすのが好きやから体育大学やな。なんやスポーツでもやって、一旗あげられな末は体育教師か」

「なんだよ。俺なんかよりよっぽどしっかりしてるじゃないか」

「思いつきやけどな。碇は・・・」

今まで黙って会話を聞いていたシンジに、どうするんだと聞きそうになって言葉を止めた。
話の流れからタブーに触れかねないからだ。
もっとも転校当初より幾分棘の抜けてきたシンジならば無茶はしないだろうが、無闇に触れる必要もない。
無理のないようにかつ、普通に気になった事を聞いた。

「碇ん所は誰が来るんや?」

「ああ、知り合いの人がね」

歯切れの悪い言い方にトウジはしまったかと思ったが、そういう訳でもなくその知り合いののせいであった。
家では別に目立っても構わないかとも思ったものの、やはり目立つのは勘弁して欲しいと思い始めたのだ。
一応注意はしてあるので大丈夫だとは思うが。

さて、この教室内に今のシンジの言葉を聞いて小さくガッツポーズをとるものが一人。
惣流・アスカ・ラングレーその人である。
歯切れの悪い言葉からシンジがミサトをあまり良く思ってないように聞こえたからだ。
例えシンジを振り向かせられないとは思っていても、初対面からずっとミサトへの反感は根強い。
何よりも時折見せるシンジへの誘惑が一番腹が立っていた。

「アスカってさ、碇君の何処が好きなの?」

聞き耳をたてている自分に気を使ってか、今まで黙っていた親友の一言に口の中のものを飛ばしかけた。
はしたない状態を一歩手前で回避した自分を褒めてあげたくなる。

「ど・・・ど、どうしてそうなるのよ。私は別に、シンジの事なんか」

少し声が大きかったのか、名前を呼ばれたと思ったシンジと目があった。
そして沸騰しかけた熱が急速に冷めていく。

「それで・・・どうしてそう思ったのよ」

「碇君がきてから、最近のアスカってなんだからしくなかったし」

少し沈んだ声に怒ってるのかなと思いつつ、ヒカリは言葉を続けた。

「皆もアスカは碇君の事が好きなんだって思ってるわよ」

「そうなんだ」

恐らくその好きとは異性としてというニュアンスだろうが、アスカは心の中で否定をした。
確かにシンジの事は好きだし、多くの時間を一緒にいられるのならそうしたい。
けれどキスをしたいか、抱き合いたいのかと聞かれれば違うと思った。
それでも手ぐらいなら繋ぎたいと思った時点で、アスカは自分の感覚に少し疑問を抱いた。
もしかして自分の感覚は思った以上に幼稚なのかもしれないと。

グルグルと自分の恋愛感覚の思考に埋もれていこうとするアスカを、急浮上させる事が起きた。
欠片の遠慮もなく教室にまで響いてきた車のエンジン音、続いて急停車の際のタイヤの悲鳴。
教室に残っていた僅かな生徒達が一体何事だと窓際へと殺到する。
そして殺到した者の中でも男だけが「おお〜!!」と歓声をあげ、女は「馬鹿みたい」と眉を吊り上げた。

「なにかしら」

「さあ?」

教室の廊下側にいたアスカとヒカリは顔を見合わせて首をかしげた。
しかしその直後に、アスカだけはその理由を理解する事が出来た。

「なんやて、あれが碇の保護者やと!」

「あんな美人に保護されてるのか。羨ましすぎる!」

「やっぱり酔ってたのか」

トウジとケンスケの言葉からシンジの方を見ると、こめかみを手で押さえて苦悩していた。
アスカはすぐさま立ち上がり、滅多に使われる事のない黒板から一本チョークを持ち出して窓際へと駆け寄ると、
窓際の男達を蹴散らし、身を乗り出して校舎に向かいピースサインをしているミサト目掛けて投擲した。
女からはよくやったと羨望を、男からはなんて事をと絶望を一身に浴びて飛んでいくチョーク。
ミサトは校舎を見上げていたので何かが投げられた事は解ったが、白いチョークが雲と重なり避ける術もなくペコンとおでこにぶつかった。

校舎を見上げたまま動かないミサトをどうだとアスカは見下したが、ミサトのほうが一枚上手だった。
パッパとおでこに付いた石灰を払うと、ニッコリ笑ってアスカへと手を振った。
あらあらこんなオイタをするなんて、でも大人な私は許してあげますよといったオーラが出ている。
わざとそんなオーラを出しているのだから、当然それはアスカの理解する所となった。
悔しげに教室の壁を蹴り上げている。

「キー、くやしぃ〜!!」

だが校舎の角を曲がったミサトが、同じように校舎の壁を蹴っている事実をアスカは知らない。





何処かピリピリとした雰囲気をまとうシンジと、ニコニコと営業に出向く人のような笑顔を振りまいているミサト。
なんとも対照的な雰囲気の二人が教室の廊下に用意された椅子に座っている。
普通ならば保護者がピリピリとして、被保護者が気楽にするものだろう。

「俺、目立つなって言いませんでしたっけ?」

「いいじゃない、これもシンジ君のためよ。こんな奇麗なお姉さんがいるんですもの。女の子なら目の肥えているシンジ君を潔く諦めて、男の子ならシンジ君より私に興味を持つわ」

本音か建て前かは置いておいて、良く平気で自画自賛が出来るなと呆れてしまう。

「名づけて[奇麗なお姉さんは好きですか?]作戦」

本音であると同時に、建て前でもあるんだなと更に呆れた。
ムキになりそうなアスカは兎も角として、女に関しては見当外れの行動ではない。
しかし、男に関しては結局ミサトにお近づきになろうとシンジに関わろうとするのではないか。
半分は成功、半分は失敗と言った所か。

とりあえずケンスケとトウジ以外は聞きに来なかったが、ある程度の情報は流しておいた。
全く情報をシャットアウトしたり、小出しにすれば逆に好奇心を煽ってしまう事になる。
ネルフの関係者である事を伏せつつ、名前、年齢・・・基本的なプロフィールを流しておいた。
その際年齢をかさ増ししたのは、精神的に諦めさせる為である。
情報操作はネルフの得意分野。
貴方の息子は立派な後継者となってますよと、シンジは青空に浮かび上がった父の髭面に語りかけた。

空に話しかけるなど、自分でも馬鹿なことをしているなと思っていると教室のドアが開いた。
一人の生徒とその親が礼をして退室していく。

「次は碇君ですかな。どうぞ、保護者の方も入ってください」

顔を出した教師は若い保護者だと驚いた顔をしたが、姉だとでも理解したのだろう。
すぐさま教室へといざない椅子をすすめた。

「それではまず碇君の成績ですが、あまりよろしくないですね」

「えっ?」

営業用の笑顔が一言で崩れ去り、シンジと教師を見比べた。

「このままでは大学に進む事さえ危ういです」

「そ、そんなに悪いのですか」

予想外とばかりに不安一色に染められていくミサト。
聞いた話ではあるが、司令は元研究者、今は亡きシンジの母親もそうだったそうだ。
遺伝と成績の優劣は関係ないが、それにしてもとシンジを見た。

「文武両道できるほど優秀じゃなかったんですよ」

少し小声で言った言葉に、ミサトはそう言えばとシンジが軍事教練を行っていた事を思い出した。
軍事教練の中には確かに高度な学問を必要とすることもある。
自らの置かれた状況を理解する為に、天候や星をよんだり、弾道の計算、薬品の扱い、まだまだある。
だがそのうちの何割が高校の学問に通用するだろうか。
しない場合がほとんどである。

「ですが、まだ間に合わない事はありません。目標とすべき大学や将来をみつけなさい」

「それならすでにあります」

「参考までに聞いておきましょう」

ここまできっぱりとあると言える生徒が珍しいのか、身を乗り出す教師。

「父と母を尊敬しています。だから俺も、同じ研究者になりたいと思っています」

研究者と言う漠然とした言葉だが、進学も危うい身でと教師もミサトも目を丸くした。
それはシンジも自覚しているようで、もちろん何年もかけてゆっくり目指しますと付け加えた。





「さてと、今日はもうネルフもないからゆっくりしてていいわよ。私はちょっと用があるから送れないけど」

「解りました」

教室を出て、それぞれが反対の方向に歩いていった。
シンジの方は、面談のまだ始まってすらいないアスカを待たねばならず、校内に時間を潰しに出かけたのだ。
待っていろという言葉を突っぱねる事も出来たが、そうする必要もないと感じていた。
今のアスカは、数日前とは違い無理にでも関わろうとする気負いがなくなっていたからだ。

ミサトが向かった先は校長室で、非常警戒態勢時のシンジの扱いに関してであった。
毎回シンジがシェルターにいなければ、この先またシンジを怪しむ生徒が出てこないとも限らない。
ここの校長はネルフの息の掛かった者であり、その打ち合わせにむかったのだ。
そして廊下を曲がった時、シンジの待ち人と鉢合わせた。

「あら、アスカちゃん。シンジ君なら・・・」

ちゃん付けで物凄く嫌な顔をしたアスカは、言葉を途中で止めてしまったミサトを更にいぶかしげに見た。
ふと何かを思い出したように思案に暮れている。
続きが一向に喋られそうにないのでこのまま去ってしまおうとしたが、間が悪く止められる。

「ちょっと待って、シンジ君の事で聞きたい事があるの」

「私には言いたい事なんてないわ」

取り付く島もないさまでミサトとすれ違ったが、次に放たれた言葉でアスカの足は止まった。

「言い方が悪かったわね。シンジ君の、戦う理由を知らないかしら?」

それは先日の使徒戦の後、ミサトが思い至った疑問であった。
自分の戦う理由は単純に死にたくないからだ。
建前的には十八年前のセカンドインパクト時の父の敵としてあるが、殆ど会った事のない父の為の憎悪などない。
インパクトは使徒が起こしたのだ、むしろ母と自分を放って研究に没頭した神罰とも思う事すらできる。
それにしては巻き添えが多すぎるが、とにかく二度と起こさせないためである。

ではシンジはどうだろうか。
自分はあくまでサポートしか出来ないが、シンジは直接戦わなければならないのである。
二度とインパクトを起こさせないためとは言え、その為に死にそうな目にあうのは心理的に釣り合いが取れない。
誰しも名も知らぬ人達の為には犠牲になどなりたくはない。
背中越しに問いかけた事で震えているアスカの肩を見て、尋ねてビンゴだとミサトは思った。

「信じてるから」

アスカが思い出すのは、あの月明かりの下でのシンジの言葉。

「生きたいから、生かせてあげたいからネルフのスタッフは自分にできる事を一生懸命やっている。だから俺も、俺にしかできない事をするだけだって」

振り向いて最後まで言い切ったアスカの目には涙が溜まっていた。
自分が信じられていないと思うわけではないが、シンジの信頼が向かうスタッフが妬ましい。
だが当のミサトが、疑うように眉をひそめているのが気に入らなかった。

「なによ、不満でもあるって言うの!」

「いえ、ただ・・・模範解答を聞かされているような感じがして」

アスカの中でミサトの呟きを否定しきれない自分が顔をだす。

「たとえそれが本当だとしても、戦える理由にはなっても戦う理由にはなわないわね」

逐一もっともな意見に、アスカの中のあの時のシンジの言葉が揺らいでいった。









同じ頃、校内をぶらついているはずのシンジは屋上にいた。
シンジの正面にいるのは一人の女性、直接会うのはアスカと同じく十年ぶりだろうか。

「すっかり男の子になっちゃったわね」

「キョウコさん」

なんとも懐かしいと言った顔のアスカの母とは、廊下を歩いている時に偶然会った。
どうやらアスカの面談に来たらしいが、少し早かったと屋上に誘われたのだ。
少し考えれば、他の人には聞かれたくない話だと推測する事が出来る。
キョウコは、懐かしさにあふれた顔を曇らせシンジに尋ねてきた。

「まだ、諦めきれてないのね?」

「その為に、僕と父さんは戦っています」

傍から聞くだけでは全く内容の見えない問答だったが、それだけで二人には十分だった様だ。
キョウコの問いかけにシンジは顔を強張らせてから、ゆっくりと答え。
シンジの返答に、キョウコは目を細め悲しんだ。

十年前のゲヒルンを抜ける前に、自分はシンジとゲンドウを止めようとした。
だが結局それをとめる事が出来ず、大切な親友が一人この世から消えた。
今目の前にいるシンジは、あの時と全く変わらない眼差しでこちらを見据えている。
二人の為に、なにより娘の為にシンジだけは止めたかったのだが、決意は変わっていなかった。

「わかったわ。これ以上私からは何も言わない。ただ・・・アスカちゃんの事はどうおもっているの?」

僅かに揺らぐだけだったシンジの顔が、ありありと揺らいでいった。
まるで一番聞かれたくない事を聞かれた様に。

「俺は・・・」

嫌いなのかと聞かれれば、即答で違うと言える。
好きなのかと聞かれれば、即答で違うと言う事が出来る。
言葉が同じでも、その意味は果てなく違う。

「俺は父さんみたいに、黙して事が過ぎ去るのを待つほど我慢強くない。」

ゆっくり紡がれる答を、キョウコはじっと待った。

「だから、嘘で全てをごまかすんです」

それが今のシンジに答えられる最低限の答だった。
言葉どおり何が嘘で、何が本当なのか、全てをごまかす事が答だった。