病院のベッドの上で薄く目を開けたシンジ。 意識がまだ朦朧としているのか、体を起しもせずじっと天井を見ていた。 「・・・・・・しろい」 喉がやられている様で、何度も口を動かしてようやく出た言葉だった。 未だ視線は天井に向けられたままで、恐らく天井の色を呟いたのだろう。 視点が定まることなく、白い天井をさまよっている。 「しろい・・・しろい・・・・・・ひかり」 最後の光という言葉を鍵にして、シンジの両目が開きすぎるほどに開いた。 白い天井に視線を奪われつつ、溢れてくる記憶。 その世界は光で満たされていた。 影や闇の入る隙間のないほどの光の大洪水。 そんな世界の中でシンジが感じたのは救いではなく、苦痛。 「うああああああああああああああああああああああ!!」 自分が何を求めた叫びかもわからなかった。 苦痛からの救いか・・・さらなる苦痛か。 『シンジ君!』 『戻して、早く!』 聞き覚えのある二つの声が聞こえた気がした。 だからどうだと言うかの様に、それで光が収まる気配はなかった。 いや、収まっていったのかも知れなかったが、シンジには既にそれを知覚することができなかった。 時間にして数秒、シンジは光の世界から闇の世界へと落とされた。 救いも苦痛もない、自分すらもない闇の世界へと。 身を起すと同時に胸に走った痛み。 天井と同じように真っ白な上着から覗く胸には、円状に皮膚が引き攣りを起していた。 そっと触れると、それだけで身をねじ切るような痛みが走った。 「・・・・・・ない・・」 何を思ったか、狂ったように腕に刺さった点滴や救命機具を外していく。 無理やり点滴の針を抜いたせいで腕から血の雫が膨れた。 「負けられないんだ」 万全には程遠い体調でも、懸命に立ち上がり外を目指した。 目の焦点が定まらず朦朧としている意識、ガクガクと振るえる足。 バランスを崩し倒れ伏せても、まるで今からでも使徒との再戦を望むかのように這い続けた。 「ちょ、シンジ。何やってるのよ!」 「負けてたまるか!」 病室に入ってきたアスカが目に入っていない。 「シンジ!」 「五月蝿い!」 重症であったはずのシンジを止めようと差し出した手が鋭く跳ね除けられた。 鋭い痛みの後じんわりと広がっていく手の痛み。 確かに痛く驚きもしたが、今はそれ所ではない。 シンジを止めなければと、アスカは体ごとシンジに抱きついた。 放せと暴れるシンジを押さえつけるように、一段と力を込める。 「俺はまだ負けてない、勝たなきゃ意味がない!」 「落ち着いてシンジ、誰か・・・誰か来て!」 「放せ!!」 開けっ放しのドアから響いた大声に、人が集まるのに時間は掛からなかった。 すぐさまやって来た医者が、すばやく鎮静剤を打ち込んだ。 薬の力でやがて大人しくなるったシンジは、安静が必要だとベッドに下ろされた。 あんな目にあったばかりなのにと、アスカはベッドの脇の椅子に座り込んだ。 叩かれ赤くなった手を見て、新たにシンジに疑問を持った。 静かに何の前触れもなくその目を開けたシンジ。 最初に飛び込んできた色はやはり天井の白だったが、すぐさま別の色が割り込んできた。 赤と青、アスカの髪と瞳である。 「シンジ、大丈夫?」 「アス・・・惣流?」 「・・・よかった。さっき急に暴れるもんだから、鎮静剤をうたれたの。憶えてない?」 さっきと言われても覚えがなかった。 ゆっくりと首を捻ると、ホッとしたアスカの顔・・・そして赤みが差している手。 アスカはそれを片手で必至に隠そうとしているが、逆にそれが目に付いた。 暴れたという言葉から自分が何かしたのかと想像できた。 「ごめん」 謝罪の言葉に、今のシンジの雰囲気にアスカの胸が跳ねた。 過去も現在もないと割り切ったはずなのに、今のシンジは昔のシンジと重なる。 ごめんという言い方も、自分を名前で呼ぼうとした事も。 「ねえ、シンジ。無理、してない?」 感ですらない漠然とした言葉だったが、僅かにシンジの顔が揺らいだ。 「死ぬ所だったのよ。そんな目にシンジがあう必要が何処にあるの?」 グッと固く口を閉ざすシンジからの返答は無い。 それに対し、少しずつ声を荒げていくアスカ。 「ないでしょう。黙ってないで応えてよ!」 「・・・・・・からだ」 「えっ?」 「俺がそう望んでるからだ」 余りにも意外すぎる返答に、何も返す事ができなかった。 死にそうな目にあう事を望むような人がいるだろうか。 言い換えれば、死にたがっているという事だ。 そう考えてしまったアスカは、震えが沸き起こった自らの身を抱きしめた。 レイの事があって以来、死と言う概念はアスカにとってタブーだった。 つい先ほどまでいた隣人がある時を境にいなくなる。 幼い頃に体験した死と言うものが、恐怖として強く心に刻まれてしまっているのだ。 急にいなくなるという点では、シンジが急にいなくなってしまった事も少なからず関係していた。 「何を言って・・・」 声が震えていた。 それでも続いてどう言う事だと問いただそうとすると、背後で開くドア。 ミサトだった。 「第五使徒、ラミエルと呼称が決定した目標を倒す作戦が決まったわ。すぐに来て頂戴」 「了解」 「な、何を考えてるのよ、ついさっきまで絶対安静だったのよ。馬鹿も休みやすみ言いなさい!」 起き上がろうとしたシンジを制しつつ、無茶を告げたミサトに怒鳴る。 眉一つ動かす事の無かったミサトに、更に何かを言おうとしたが制していた手をシンジがそっとと払いのけた。 先ほどの言葉どおり、自分が望んで行くんだという意思表示だった。 「惣流、いいんだ。葛城さんだって辛くないわけじゃないんだ」 優しすぎる目だった。 食い下がる事も出来ないぐらいに。 シンジは支えようかと申し出たミサトに断り、一人で歩き出した。 ミサトも続き、自然と病室に一人残される事となったアスカ。 「なにがいいのよ・・・」 いっそう、シンジがわからなくなった。 「現在第五使徒ラミエルはジオフロント上空にて、ボーリングマシンにより装甲板を削ってジオフロントへの侵入を試みているわ」 病室をミサトより先に出たシンジだったが、何処に行って欲しいのか解らず結局はミサトの後へと続いた。 その先はエヴァのあるケージでも、発令所や会議室でもなく、格納庫だった。 格納庫を一望する事の出来る上階。 その下では技術部に所属する面々が、ある物を中心に走り回っていた。 殆ど原形をあらわにしていない部品の集まり、これからくみ上げるこれが今作戦の要になるのだろう。 「葛城さん、これは?」 「ついさっき戦自から徴発してきた、ポジトロンライフルよ」 「ポジトロンライフル」 言葉を胸に刻むように呟いたシンジに頷いて続けた。 「様々な実験の結果、第五使徒ラミエルは攻防共に完璧な移動要塞と判明。ある一定の範囲内に近寄れば加粒子砲が放たれ、こちらの攻撃には肉眼で確認できるほどの高出力のATフィールドが確認されているわ。この第五使徒を倒すには、レンジ外の超長距離からの直接射撃しかないわ。そのための戦自研のポジトロンライフルよ」 疑問がすぐさま頭をよぎったが、まだ質問はしない。 聞かされ直ぐに思い浮かぶ疑問など、とっくにミサトも気付いているだろう。 質問は、全ての情報を聞かされてからだ。 「そしてATフィールドを貫くだけのエネルギーは、日本中から集めます」 「それで、俺は何をすればいいんですか?」 全てを聞かされてからと思いはしたが、ミサトが何かを言い渋っているようで口を挟んだ。 そもそも急造仕様のポジトロンライフルをエヴァが振り回そうものなら壊れかねない。 恐らくポジトロンライフルは固定砲台として使うだろう。 では、今回自分がが受け持つ役割とは、何があるのだろうか。 「シンジ君には・・・」 沈痛な面持ちで目をそらした。 「シンジ君には、もしもの為にポジトロンライフルの盾となってもらいます」 「・・・了解」 ためらうなと言う方が無理がある。 それでもシンジはしっかりと返事を返した。 「こちらも急造ですが、超電磁コーティングされた盾を用意したわ。あの砲撃にも十七秒は耐えられるはずよ」 ミサトの声は、かなり震えていた。 一度はシンジを死に追いやりかけた加粒子砲の前に、再び立てと言う命令。 出来る限りの事はしてやっているつもりでも、死んでこいと言ってるのと変わりない。 何の為に自分が作戦部長などという肩書きなのか・・・これが作戦と言えようか。 「俺は、ポジトロンライフルを守ればいいんですね」 ミサトの迷いとは対照的に、迷いの見えない声だった。 確かに加粒子砲の前に立てと言われた時はためらった。 だがそれは、迷いではない。 「ではプラグスーツに着替えてきます。何かあったら、呼び出してください」 迷うような生き方は自分に許されるはずが無い。 自分は今、使徒を倒す為にここにいる。 そこだけは、決して迷ってはいかない一線なのだ。 毅然と歩くシンジの後姿を見ても、ミサトはまだ迷っていた。 自信が無いわけじゃない、スーパーコンピュータのMAGIでさえ賛成してくれているのだ。 成功確率も、あらゆる作戦の中で一番の成功確率をたたきだしている。 ただ、こんな作戦しか思いつけない自分と、それでもなお実行させようとしている自分が許せないのだ。 苛立たしく壁に拳をぶつけても、物理的な痛みでは、この迷いを打ち消せない。 「何をやっているのかしら、葛城作戦部長?」 「リツコ・・・」 狙撃地点の算出、送電施設の手配、ポジトロンライフルの組み立て、忙しすぎるリツコが偶然現れるはずが無い。 もしかしたら、シンジとのやり取りを何処かで聞いていたのかもしれない。 「本当に、よかったのかしら。私、シンジ君に死ねって言ってる」 「・・・くだらないわね」 「くだらないってどういうことよ、シンジ君は貴方の弟みたいなものでしょ!」 「私が言ってるのは、貴方のその態度がくだらないといってるの」 決して怒鳴っているわけではないが、怒鳴っているミサト以上の凄みが感じられた。 「貴方がそうやってウジウジ考えていれば、シンジ君の危険が少しでも減るとでも思っているわけ?全く逆効果よ。私だって貴方が腑抜けていなければ、シンジ君の為に少しでも危険を取り除けるよう働きたいのよ」 「少しでも・・・危険をとりのぞく」 「まだウジウジ考えてるようならミサト、貴方ネルフを止めなさい。その方が皆のためよ」 言うだけ言って去っていく親友の後ろ姿を見て、ミサトは自らの顔を両手で叩いた。 余りにも強く叩きすぎた為、響いた音の後ミサトは顔を抑えてうずくまる。 それだけの効果はあった。 すでにシンジは作戦を受諾したのだ、今更自分がウジウジ考えても何も変わらない。 ウジウジ考えて変わらないのなら、考える事自体まったくのむだである。 親友の後姿にお礼を言うと、シンジの危険を少しでも減らす為に発令所へと急いだ。 今度は逆に、ミサトの走り去った背中を見たリツコ。 動き出した親友に微笑むと同時に、自分もまたシンジの為にと頭を働かせ始めた。 シンジの為になら何を迷う事があろうか。 「二度と・・・失ってたまるもんですか」 リツコもまた、アスカと同じように死という恐怖を心に刻み込まれた一人だった。 夜の闇が訪れ、その闇を貫くかのように浮かぶ月。 決戦の地、双子山の山頂に配備されたエヴァンゲリオン。 シンジはエヴァの直ぐ隣に設置されたタラップの上で、一人作戦開始時間を待っていた。 誰かのそばで恐怖を紛らわせるわけでもなく、一人月を見上げている。 作戦開始は、明朝零時。 そこへ梯子を上りやってきたアスカは、語りかける前にシンジの隣へと座った。 座る前に尋ねれば拒否されるかもしれなかったからだ。 こんな時に・・・こんな時だからこそ、尋ねなければならない事があった。 「なんであんな無茶な作戦を受け入れたの?」 「命令だから」 今更理解できない返答でも取り乱しはしない。 だが、怒りがわかないわけではない。 「命令だから・・・命令だったら何でも聞くなら、死ねと言われたら死ぬの!」 それはアスカがもった疑問に近く、シンジの戦う理由を問いた言葉だった。 シンジが病室で暴れた時、本当についさっきまで意識不明の重体であったのだ。 なのに起きてすぐにシンジは戦いを望んだ。 それに直後の自分が望んでいるという言葉、シンジが何を望むのか。 もしもシンジの望みが死ならば、自分はどんな事をしてでも止めなければならない。 「もちろん、拒否する。俺は死にたがりじゃない」 最悪の返答は免れホッと息をつくが、まだわからないことがある。 「じゃあ・・・何故シンジは死にそうな目にあってまで、戦おうとするの?」 「信じてるから。父さんやリツコ姉さん、葛城さんも・・・ネルフのスタッフの皆を俺は信じてる。正義を掲げてるわけじゃない。ただ生きたいから、生かせてあげたいから皆自分にできる事を一生懸命やっている。」 不意に立ち上がったシンジを、アスカが見上げる形になった。 月を背負って立つシンジ。 決して美形なわけじゃない、それでも男であるはずのシンジを、アスカは美しいと感じた。 「だから俺も、俺にしかできない事をするだけだ」 差し出された手をとり、立ち上がる。 こうして向かい合い手をとり合っていても、立っている位置が果てしなく遠い。 アスカは「ああ、そうなんだ」と理解した。 方や外に意識を向け、周りに共感し戦うシンジ。 方や内に意識を向け、過去や自分の望んだシンジを取り戻そうとした自分。 最初から、振り向かせられるはずが無いのだ。 こんな自分が頑張ってと言葉を送ってもむなしいだけだろう。 アスカは愛しむ様に、だが自分の意思で手を離して静かにシンジの元を去った。 「・・・・・・・・・・・・奇麗事を」 アスカが見えなくなってから自分をを見下し、蔑むように呟いた。 自ら捨て去る事が出来ず、アスカから一線を引くよう画策した自分。 滑稽すぎて、笑いを通り越し怒りさえわいてくる。 「レイ・・・お前は俺を、怒るだろうか」 何処にも居ない人に問いかけても、答が返ってくるはずも無かった。 無骨な盾をその手に、カバーすら成されていない精密部がむき出しのポジトロンライフルの前に立つ初号機。 送電システム、冷却システム、すべてが急造でも準備は終えていた。 十四式大型移動指揮車の中で、アスカは初号機を、ミサトは日本標準時刻の刻みを見つめる。 もうすでにあがく時は過ぎた。 アスカは最後の我侭として、ただシンジのそばに居る事だけを望んだ。 ミサトは一寸の迷いもなく、ただただシンジの生還の為に作戦の準備に時間を費やした。 そして、全てが決まる時が来た。 『ただ今より、零時、零分、零秒をお知らせします』 告げられた時間。 「第一次、接続開始」 「接続開始、第一次送電システム異常なし」 日本中の電力を集めるという無茶を可能にした送電システムが音を立て始めた。 普段なら騒音としか受け止められない様な音だが、決戦時の今は緊張の鼓動を増徴させる。 「全冷却システム出力最大へ」 「陽電子流入順調なり」 「第二次、接続」 一切のミスが許されなかったシステムが、全て正常に動き出す。 だが、まだ油断は許されない。 油断・・・安息を感じるのは、使徒の沈黙を確認し終えた時。 「最終安全装置解除」 「激鉄起こせ」 ポジトロンライフルの激鉄が起こされたのを確認したシンジは、盾を正面に構えエヴァの腰を屈めた。 いつでも飛び出せるように。 即席砲台に固定されたポジトロンライフルが、微妙な仰角を修正していく。 陽電子が地球の磁場や重力に影響される為だ。 その間にも送電システムが次々と接続されていき、一部からは放電現象や冷え切らない熱が蒸気を発する。 七つに区分された送電システムのうち、最後の送電システムが接続された。 続いて読み上げられる、発射のカウントダウン。 「全エネルギーポジトロンライフルへ。・・・8、7、6、5」 その時シンジはラミエルがあの時と同じように円周部を光らせるのを見た。 僅かに芽生えた恐怖への悲鳴を、心の中で駆逐する。 「目標に高エネルギー反応!」 「なんですって!」 あの時も聞いた言葉に、アスカはギュッと両手を握り締めた。 「4、3、2、1」 「発射!」 作戦は止められない。 下された攻撃の合図に、ポジトロンライフルが光を吐き出した。 時を同じくして、同じく光を吐き出したラミエル。 夜を突き抜ける二つの光。 互いに惹かれあうように突き進んだ二つの光は、出会った瞬間に互いを拒絶した。 光が捻じ曲がるという奇怪な現象を起こし、拒絶しあった光はエヴァとラミエルの後方に着弾した。 立ち昇る光の柱が大地を砕いて地表を薙ぎ払い、衝撃が辺りを駆け抜けた。 液体に満たされたはずのエントリープラグ内も激しく揺れた。 巨大なエヴァですら揺るがす衝撃を、小さな指揮車が受け止められるはずがなかった。 吹き飛ばされ、近くの樹木に叩きつけられた。 オペレーター達は椅子やコンソールにしがみ付き、リツコは咄嗟にアスカを抱えてその衝撃から妹を救おうとした。 流石に立っている事は出来なかったものの、ミサトが一番に現状の理解を求め、打破を考えた。 「ミスった。初号機は!」 砂嵐が掛かるモニター越しに映った現状に、オペレーターは悲鳴をあげた。 「外部電源をパージ、特攻していきます!」 「なっ!!」 完全に復活したモニターには、盾を捨ててラミエルへと向かう初号機。 そして、再び円周部を光らせ再発射を準備するラミエルが映っていた。 「走れ、もっと速く!」 気がふれてしまった為に、無様な特攻を仕掛けたわけではなかった。 その証拠に、第五使徒ラミエルを倒すために今エヴァを走らせている。 あの時、エヴァの後方に光が着弾した時、自分はポジトロンライフルの前方を守護していた。 ラミエルが撃つのは前方からだったから当然だ。 だが実際着弾したのは後方、余波が後方から来たのだ。 めくれ上がる大地に吹き荒れる大気、ポジトロンライフルの砲身が破壊されていく様をシンジは見たのだ。 だからこうして走っている、例え勝利の確率がゼロに限りなく近くとも。 もうこちらの武器はエヴァンゲリオンと自分しかないのだから。 「もっと速く!!」 絶望的なこの状況下で、シンジの精神が研ぎ澄まされていく。 すでに指揮車内でもポジトロンライフル破壊の報は届いていた。 シンジの考えている通り、もはや武器はエヴァンゲリオンだけ。 「マヤ、初号機の使徒到達時間は?!」 「音速に近いスピードで走ってますが約一分後、加粒子砲再発射は十秒後全く足りません!」 絶望を煽るだけとは解っていても、分析を怠るわけには行かなかった。 科学者としての性でもあるが、何がヒントで状況を覆す事ができるかわからない。 腕の中で震えるアスカを、リツコは力の限り抱きしめた。 「使徒周辺部を再加速、発射予測時間まで・・・6、5、4」 「シンジ!!」 シンジの絶命へのカウントダウンに抗うように、アスカが叫んだ。 訪れる変化。 「初号機、音速の壁を突破!」 「3、2、1、きます!」 再び放たれた光に立ち上がる柱。 先ほどの比ではないが揺れる指揮車内で、光が収まるのを待つ。 「しょ、初号機健在。さらに加速していきます!」 急激な加速により、ラミエルが目測を誤ったのだろう。 加粒子砲の光が、エヴァの上空を掠めるようにながれていったのだ。 なおも加速していく初号機の身が、赤く熱を帯びていく。 だがどんなに加速していこうと、まだ数度加粒子砲をかわさねばならない。 「ラミエルが再び周辺部を加速、・・・・・・5、4、3」 あと何回この無常なカウントダウンを聞かねばならないのか。 言わなければならないオペレーターの顔にも苦渋が浮かぶ。 「2、1、きます!」 ぐっとモニターに映る初号機を見たが、予測した光は来なかった。 「どういう事なの?!」 「使徒は依然として周辺部を加速中です。それに伴い、エネルギーの上昇が止まりません!」 ミサトの問いかけに、解る限りの事を伝える。 情報の整理から答えの模索に掛かる時間は一瞬。 そういうことかとミサトは悲鳴をあげた。 先ほどラミエルの次弾が外れたのは、初号機の予想外の加速だけではないと言うことだ。 ボーリングマシンにより全く固定されてしまっているラミエルは、加粒子砲の仰角が甘いのだ。 ではどうすれば良いのか、初号機が近づけば近づくほど仰角の修正範囲が低くなる。 それに伴う危険は、高出力で広範囲を一気に焦土と化せば良い。 だが、相手の出方が解った所で、ミサトには何の解決方法も思い浮かばなかった。 かと言って止まれと命令する事もできない。 今立ち止まってしまえば、それこそ加粒子砲の餌食となってしまうからだ。 見る事しか出来ない指揮車内の焦燥。 空気摩擦との加熱、エネルギーの過剰生成の過熱、双方の理由でエヴァもラミエルもその身を赤く染めていく。 「初号機到達まで、後十秒!」 「使徒内部のエネルギー上昇が止まりました。恐らくきます!」 その時、第三新東京市に太陽が現れた。 夜を切り裂く等という表現は甘く、夜が突如現れた光によって滅せられた。 恐らく最初は広かったのだろうが、持ち込まれた複数の機材や資料が散らばる技術部長室。 少し暗いのではないかといえるその部屋で、リツコは一人キーボードを叩いていた。 頭部に包帯を巻き、左腕は三角巾で吊り上げている。 あの時ラミエルの最大放出の余波で指揮車が再度吹き飛ばされ、車内でアスカを庇った結果であった。 片手ではあったが、タイピング速度は常人を優に凌駕している。 その内容とは、二度目・・・二度目の初号機の変態に関してだった。 「怪我人なのに精がでるわね」 ドアを開けてからノックするような人物は一人しか思い浮かばない。 リツコは振り返ることすらしなかった。 「シンジ君は?」 「精密検査の結果は良好、今はアスカちゃんがそばにいるわ」 そうっと素っ気無くだがほっとした様子に、ミサトはそこまで気がかりなのにと問いかけた。 「初号機の事、そんなに気になるの?」 「私にとって初号機は、すでに使徒と同じぐらい謎めいた存在なのよ。第三使徒サキエルの光のパイル、そして第四使徒シャムシエルの光の鞭。進化と言って良いものなのか、私は正直エヴァが怖いわ」 「怖い・・・っか」 興味深いと言う前に、怖いとリツコが言った事に少し戸惑った。 謎と言う物を解明する事が何よりも好きな親友が、怖いと言うのだ。 よほどの事なのだろうと漠然とではあるが思う。 あの光景、その時は指揮車内で気絶をしてしまったが、後で発令所で記録だけは見た。 光が闇を滅した瞬間、右腕を伸ばした初号機。 発令所でそれを見ていたスタッフは、パイルを出すものだと思ったそうだ。 自分もそう思った。 だが初号機が右腕の甲から出した光は、パイルではなく鞭。 パイルよりもずっと長い鞭がラミエルを貫き、溜め込んだエネルギーと共に爆発。 余りのエネルギーに装甲板がジオフロントまで後数枚の所まで貫通したそうだ。 「シンジ君は怖くないのかしら」 その一言にリツコの手が止まった。 「確かにあの時ポジトロンライフルは壊れたわ。それを確認した直後に特攻・・・いくらなんでも判断が速すぎる、いえ。迷いが一切ないわ」 「0か1かのロジック・・・あのシンジ君が」 記憶の中のシンジは、そこまで区切の良い人間だったろうかと思い出す。 幼少期にアスカとレイどちらが好きかと尋ねたら、迷いに迷って泣いてしまうほどだった。 自分がどっちもと言う答えはダメよと意地悪をしたせいでもあるが。 リツコの頬が緩んだ所にミサトが続けた言葉で、リツコは真顔に戻される事になった。 「まだ子供と言える歳で未知の生物と戦わされてるのに迷いがないなんて・・・彼の戦う理由はなにかしら」 |