long long stairs

第六話 過去と現在


シャムシエルと呼称が決まった使徒の亡骸は、未だ立ち入り禁止区域と化した地上にあった。
一応はシートを被せられ、詳細が漏れぬようの体裁は取られているが、無駄な努力である。
非常警戒態勢が取られるたびに破壊されていく町並みと、シートを被せられた巨大な何か。
住民が現実を理解するには、そう時間はかからないだろう。
だがいずれ発表があるにしても、今は時期尚早というものか。

建てられた仮設テントには多くの機材が持ち込まれ、技術部が使徒のデータを打ち込んでいる。
何だか解らないものが来たので、エヴァンゲリオンで倒しましたじゃ発表にならない。
何だから解らないものを、せめて何かと言えるように走り回る技術部員。
今その何だか解らないもの四号の前には二人の人が立っていた。

「またしても職員の見守る中、生命の実が行方不明・・・か」

呟いたシンジが見上げた視線の先には、シャムシエルの亡骸の赤い球体があった場所。
今ではそこはくり貫かれたように、ぽっかりと穴が開いていた。

「今回は捜索中という言い訳は使えんな」

「ごめん、俺のせいで」

微動だにせず淡々と言い放つゲンドウに答え、右手首の甲を見つめるシンジ。
吹き飛ばされた右腕をおまけ付きで再生させた初号機。
おまけの威力は、現在目の前の元使徒で実証済みだ。
長年エヴァの武器を開発してきた技術部には悪いが、それらの武器など足元にも及ばない。
なんせ使徒その者の能力をコピーしたのだから。

「だが、ああしなければ使徒は倒せなかった」

弁護ではなく、事実だった。
それでもゼーレの疑いが自分たちに向くのはまだ早い。

「委員会の方にはどう言うの?」

「何も言わんさ。恐らく模造品が本物かどうか、次で見極めるつもりだろう」

「次か・・・現場にいない人の考え方だよね」

やれやれとシンジがついたため息に、ふっとゲンドウが笑った。
嘲笑ではなく、純粋に笑っていた。

「組織など単純なものだ。規模の違いはあれど、上はいつも現場の苦労など知らんものだ」

「なにがゼーレ、なにがネルフだ、っか」

「その通りだが、人・・・組織の相手は私に任せればよい。お前にはお前の相手がいる」

「そうだったね」

同時にシャムシエルを見上げた。
もう既に動くことのない抜け殻ではあるが、その力はしっかりと頭にこびり付いている。
まだ先は長い、この先どんな力を持った使徒が現れるのか。
自分は勝たなければならない、例えどんな手を、貪欲に相手の能力を取り込んでまでも。

「使徒を倒す事が、俺の試練」





「司令とシンジ君、何話しているのかしら」

技術部の人間が忙しく走り回る中、優雅にコーヒーカップを片手にリツコに話し掛けるミサト。
仮にも作戦部の部長のはずだが、こんな所で油を売っていられるのは部下が優秀なためだろう。
かと言って、部長が忙しそうにしている技術部の部下が無能なわけではない。
それぞれの部にはそれぞれの忙しさがあると言うことだろう。

一方話し掛けられたリツコは、忙しなく手を動かしながらチラッとシンジとゲンドウを見た。
ほんの一瞬、直ぐにまた仕事相手のコンピューターの方に目をやってしまった。

「さあ、シンジ君の学校生活のお話かもね」

「まっさか、あの司令が?」

顔を崩して大きく驚いた後、口元を抑えて必死に笑いを押しこらえる。
ちゃぶ台を挟んで向かい合うゲンドウとシンジ。
想像の中でゲンドウが浴衣を着ているのは良いが、何故かてっぺんハゲのカツラをかぶっていた。
ツボに入ってしまい、ミサトがお腹を抑えだした。

「イヒッ、だめ。おかしすぎ!」

「あのね・・・どうせまたしょうもない想像してるんでしょうけど」

一時作業を中断してこめかみをおさえた。

「作業の邪魔するぐらいなら帰ってくれない。部長としての仕事だって残ってるでしょ?」

「ハヒッ、ったから。解った、邪魔しないから」

ため息をついたリツコの後ろで、大きく息を整えるミサト。
コーヒーで喉を潤してから本題に入った。

「それで、敵さんのサンプルから何かわかったの?」

リツコは言葉でなく、コンピュータのキーボードを叩いて画面にある文字を浮かび上がらせた。
「601」そう映し出された画面内の文字。
ただの数字ではないことは解るが、意味がわからずミサトは眉を寄せた。

「・・・なにこれ」

「見てのとおりよ。解析不能を示すコードナンバー・・・」

「解析不能か。確かにあんな生き物見た事ないもんね」

「そんな単純な話じゃないわ」

この世に存在する生き物全ては、分類が可能である。
植物か動物か、動物の中に哺乳類や鳥類と言った物があり、さらに哺乳類の中に犬科や猫科等にもわけられる。
例え新種の動植物が発見されたとしても、何かしら現存していた生物にわけられるのだ。
しかし、使徒は使徒でしかない。
使徒と言うグループの中でさえ、遺伝子異常の繋がりはない。
全くの単一の種なのだ。

「ふ、ふ〜ん」

一通りの説明を聞いての第一声はそれだけだった。

「とにかく、襲ってくるんだから返り討ちにしてあげりゃいいのよ!」

「たまに貴方のシンプルさが羨ましいわ」

威勢良く拳を振り上げたミサトに笑いかけた後、コンピュータに向き直る。
すでにミサトに向けていた笑顔はそこにない。
もし今自分が持っている疑問をミサトにぶつければ、恐らく帰ってくる答えはこうだろう。
問題なく使えれば誰の力だろうと構わない。使えるものは使うと。
それが例え、敵である使徒の力であろうと。

今のリツコの興味は、使徒の亡骸よりも初号機の変態にあった。
エヴァは使徒のコピー、模造品である。
模造品が本物の力を使用したのなら、それは模造品であるのだろうか。
それはすでにエヴァではなく、使徒なのではないか。
第一使徒により起されたセカンドインパクト。
恐怖と探究心に襲われつつ、リツコの両手は驚異的なスピードで動いていった。









「おっはようさん、シンジ」

教室のドアを開けた途端に、満面の笑顔で挨拶をかけてきたトウジ。
全くの予測不可能だった行動に、シンジは父のように「ああ」っとだけしか応える事ができなかった。
しかし、一体何事だと思ったのはシンジだけではなかった。
先日もトウジがシンジに声をかけている現場を見たが、これほど急激にフレンドリーになるのもおかしい。
クラス中の人間が、共通点の見えない二人に対し探るような視線を向けていた。

「なんやなんや、朝っぱらから辛気臭い顔しよって」

大げさな身振り手振りを含めて近寄ってきたトウジが、親しい友達がそうする様にシンジの首に腕を絡めた。
意図が見えないシンジは、トウジの成すがままでいると耳元で囁かれた。

「すまんかったな。お前の事何も知らんと、あげく邪魔までしてもうて」

「終わった事だ。それで、これは一体どういうつもりだ?」

「危うく性根が腐ってしまう所やったんを、途中で止めてくれたんがお前や。恩は返さなあかん」

そんなつもりは無かったと言おうとした所、絡めていた腕を解き放ち押し出された。
数歩でつんのめった体勢を立て直した先には、ケンスケがいた。
シンジはケンスケの名を知らないが、顔はあの時屋上で見た事があった。

「シンジのアルバイト柄クラスに溶け込むのは難しいだろから、多少事情を知った俺らだったら良いんじゃないかって、そう言いたいけど恥ずかしくて言えないんだよ」

「必要ない」

すぐさま切って捨てようとしたシンジに後ろからケンスケが止めた。

「まあ待てって。そうやって孤独を強調するから逆に人目を引くんだって」

「そう・・・なのか?」

確かに転入してからの数日、登校中や教室にいる間ずっと誰かの視線が自分に向いていた。
初日のアスカに対する態度が原因でもあったが、シンジにとってケンスケの言葉は興味深かった。

「人を隠すには人の中ってね。孤独なヒーローは絵になるけど、ヒーローである前に人間だろ?」

自分がヒーローだという考えなど微塵も無かったが、前半の言い分には一理あった。
学校やクラスといったグループの中で、足並みをそろえずに突出していれば当然目立つだろう。
グループと言う輪の中に溶け込んでいた方がよっぽど目立たない。
納得さえしてしまえば、とる行動は決まっている。
シンジはケンスケに右手を差し出した。

「碇シンジだ。よろしく」

「俺は相田ケンスケ。そこで腕組んでふんぞり返ってるのが鈴腹トウジ」

「よろしゅうな」

それぞれがしっかりと握手を交わす様を、最後までずっと見つめている者がいた。
アスカである。
正確にはシンジをずっと見ていたのだ。
だらしなく体を机に横たえ、その手には一枚のカードが握られていた。
そのカードは黒く塗りつぶされており、毒々しく赤く浮かび上がっている一つのマーク。
何かの葉を描いたものにネルフを綴った英文字。
その裏にはアスカの名と顔写真が張られた、ネルフのIDカードであった。

あの日シンジを張り倒してから帰宅し、母に全てを話した。
母が思案したのは数秒、またもや何処かへと電話し数時間後に届けられたのがこのIDカードだった。
これを渡される際に、シンジの家にいた女が上司であり保護者である事を教えられた。
あんな上司が居てたまるかとも思ったが、それ以上に気になる言葉を母から送られた。
その気があるのならこのIDカードを受け取りなさいと。

その気、シンジに振り向いてもらう気は十分すぎるほどにあった。
だからこそその時のカードが、今自分の手の内に握られている。
だが自分が振り向いて欲しいシンジは、あそこでトウジたちと握手しているシンジではない。
自分の思い出の中にあるシンジなのだ。
同じ碇シンジと言う名を持っていても、アスカの中で両者の差は大きく違ってしまっていた。
アスカが求めるシンジは、自分に笑いかけ自分を見てくれるシンジだった。





「で、あるからして・・・っとなるわけであります」

授業中の態度など、どんな時代も似たようなものである。
他授業の宿題をする者、居眠りをする者、キチンと先生の言葉を聞いて頭に叩き込むもの。
トウジなど始まって五分と経たずに居眠りを始める常連であった。
そしてシンジといえば、バカ正直に黒板だけでなく口頭の言葉でさえキーワードでまとめていた。
先生から視線をそらすことなく、ブラインドタッチでパソコンに文字を打ち込んでいった。

無表情でカタカタとキーボードを叩く姿は少し異様だが、それも長くは続かなかった。
鳴り響く予鈴に先生の言葉が止まる、授業には時間制限があるからだ。

「それでは、今日はここまで」

「起立・・・礼」

ガタガタと椅子を引きずるけたたましい音が鳴り、生徒が同時に頭を下げる。
その後は次の時間の授業までひと時の安らぎと喧騒がクラスに訪れる。
握手を交わしたばかりのトウジたちも例外ではない。
シンジからは決して寄ってこないだろうからと、シンジの席を中心に手近な椅子を手繰り寄せた。

「はぁ〜、よう寝たわ」

「トウジは寝すぎだよ。一体何時間寝れば気が済むんだ?」

「別に無駄に寝とった訳やあらへん。ちゃ〜んと良い事考えとったんや」

疑わし気なケンスケの視線を無視してトウジが言い出したこととは、

「シンジの歓迎会や。今日の放課後はわいの奢りでゲーセン三昧じゃ!」

「おお、トウジの太っ腹!」

「な〜っはっはっは、まかせんかい」

意気揚々と放課後の一時を大声で思い描く二人とは対照的に、シンジは冷めていた。
興味深そうにするわけでもなく、会話に参加する事もなく二人を見ているだけ。

「どうしたんやシンジ?」

「奢りだぞ、喜ぶべき状況だと思うぞ?」

「ん、ああ」

気の無い返事にトウジとケンスケが身を乗り出してシンジに迫る。
何だこいつ等はと冷や汗を出しつつ、言ったシンジの答とは、

「俺も、行くのか?」

トウジとケンスケだけでなく、こっそりと耳を傾けていたクラス中が何を言っているんだと突っ込んだ。
心の中だけでなく、実際に突っ込んだのはトウジであった。
大きく腕を後方に引き伸ばし、限界まで引き伸ばした筋肉の反動で突っ込みを入れる。
余りの勢いに痛そうだとケンスケは目をつぶったが、想像された突っ込み音は聞こえなかった。

ピロピロピロとレトロな着信音が鳴り響き、ガラガラと机をなぎ倒した音が聞こえた。
携帯はシンジのものであり、携帯を取り出し身をかわしたシンジによってトウジが机と共に倒れたのだ。
直ぐさま起き上がったトウジが突っ込みをしっかり受けてこそボケだと説教しようとしたが、できなかった。
携帯で話中のシンジの顔が、マジ顔だったからだ。

「すまん。バイトが入った」

「「なに!!」」

そもそも、その隠語を作り出したのはトウジとケンスケだ。
すぐさま内容を理解し叫んだ。
しかし一体何がと聞くわけには行かなかった。
あくまで自分達は知ってしまっているだけで、知ろうとしてはいけないからだ。
走って教室を出て行ったシンジに、がんばれと心の中での言葉で送り出す事しか出来なかった。

それはあくまでトウジとケンスケの事だった。
一人だけ、シンジに追い縋る事を許された人物がいた。
シンジが携帯を取り出し教室を出て行った時、同じくその人物も教室を走って出て行った。

「・・・車を裏門へ。学校の方へは上手く話を通しておいてください」

「シンジ!」

昇降口を出る時に、保安部へと連絡をつけ車を用意させるシンジ。
必至に叫んだアスカを振り切るように裏門へと急いだ。

このためだけに用意されたような校舎からすら目立たぬような裏門。
黒塗りの車で待っていた保安部員の車に飛び乗った。

「すぐに出してください!」

「いえ、もう一人我々はお連れするよう命じられてますので」

「なに?」

全く予想だにしなかった返答に戸惑っていると、運転席にいた保安部員の顔がそのもう一人を見た。
シンジに遅れる事数秒、激しく息を荒げながらも懸命に走っているアスカだった。
聞いてもそう命令されたからだとしか答えは返ってこないだろう。
それに、こんな事をネルフに対し許可を出す事が出来る人物は一人しかない。

「待って、私も・・・ネルフに」

「急いでください。すぐに出します!」

アスカがシンジの隣、後部座席へと飛び乗ると激しくタイヤを掻き鳴らし走り出した車。
それに反するように車中は静まり返ってしまっていた。
過去と今のシンジとの間で迷っているアスカと、何故アスカをと疑問を持ちつつも使徒へと集中しようとするシンジ。
お互いが心をかき乱す原因を隣に座らせたまま、会話が成り立つはずも無かった。
ただ車中がどんなに静寂を保とうと、保安部員の操る車は確実にネルフへの距離を縮めていっていた。









鏡の様に奇麗な表面をした正八面体の浮遊物。
それが今現在接近中である第五使徒の外観であった。
第四使徒ですら人型で無い点で異様さを誇ったが、第五使徒は更に異様さを増していた。
空をその身に映し出すほど奇麗な浮遊物であり、もはや生物と言う観点で見る事すら出来なかった。

国連軍はすでに通常攻撃の無力さを悟ったのか、一度も手を出すことなくネルフに指揮権を譲渡した。
シンジは発進準備の最中であるエヴァの中で、我が物顔で空を浮かぶ第五使徒を見ていた。
第一印象はサイコロであった。
第三、第四使徒はまだ生物の形をとっており、色々な攻撃方法が予想できた。
だがこの第五使徒の攻撃方法はなんであろうか。
全く予想する事ができなかった。

『第一ロックボルト外せ』

オペレーターの内の一人の号令で、肩の部分に施されたボルトが外された。

「解除確認」

『了解。第二拘束具を外せ』

射出用のリニアレールに、移動するまでは殆ど自分がする事など確認事項ぐらいしかない。
エントリープラグ内に用意されたコンソールを操作し、父のいる司令塔をモニターする。
そこにいるのは当然のごとく父と副指令である冬月、そしてアスカ。
居心地が悪そうに、それでいて不安そうに自分が映る正面のモニターを見ていた。

父が何を思いアスカにネルフのIDカードを渡したのか、アスカが何を思い受け取ったのか。
直ぐそこに使徒が来ているというのに・・・頭から離れない。
使徒を倒す事こそが、今の自分に課せられた使命だというのに。
じっとアスカを見ていると、モニター越しではあったが視線が交わった気がした。
昔と変わらず輝くような青い瞳。

『・・君・・・・・ンジ君、シンジ君!』

「は、はい」

いつの間にか深く考え込んでいたのか、急に蘇った音に返事の声がかすれていた。

『お姫様が来てるからって緊張してちゃダメよ。頑張って良い所見せないとね』

ミサトの言葉にハッとして、シンジは司令塔のモニターを閉じた。
そうだ。葛城さんの言う通りではないかと、言葉を捻じ曲げて自分を律する。
誰が・・・アスカが見ていようと関係ない。
自分はただ使徒を倒すのみと。

確かに緊張は解けたようだが、ただならぬ雰囲気となったシンジにミサトは首をかしげた。
オペレーターのマヤにシンクロ率を尋ねると、声をかける前より上昇したとの事。
心配するような事でもないかと、ミサトは伝えるべき事を言った。

『過去二回の使徒戦から、使徒は何かしらの特殊能力を秘めている事が考えられます。不意を付かれぬ様、十分に距離をとった場所に初号機を出します』

「了解です」

やはりいつも通りのシンジだと、ミサトは伝えられるだけの情報を全てシンジに伝えていった。





何故か戦闘時に司令塔での観戦を認められたアスカ。
時折、あの娘は誰だという視線がほんの一瞬だが飛んで来るため居心地が悪かった。
それでも視線だけは何とか一点に集中させる事が出来ていた。
正面のモニターに映し出されているシンジである。

何か液体の満たされた筒の中に、スーツを着て座っているシンジ。
確かに名前や顔はシンジそのものではあるが、アスカの知るシンジではないように見えた。
漠然と雰囲気としか言えない様な、何かが決定的に違うのだ。
ふとモニター越しに視線が交わった気がしたが、かける言葉が見つからない。
もしかすると見つけようとすらしていないのかもしれない。
アスカは、過去と現在と言う時の狭間で迷っていた。

「シンジ君、シンジ君!」

『は、はい』

階下であの時の女がシンジを呼び、かすれた返事が聞こえた。
いつの間にかシンジがぼうっとしていたらしいが、もしや自分に見とれていたのか。
そんな事を考えてしまい、ふっと笑い飛ばした。
自分にとって都合のいい、逃避にも近い考えだと。

「私・・・なんでここにいるんだろ」

唐突に浮かんだ事だが、大事な事だった。
過去のシンジと今のシンジの違いに戸惑っている事は自分でも理解している。
問題はその後なのだ。
人は変わるものだと諦めもせず、過去を取り戻そうとあがくわけでもない。
今の自分は酷く中途半端なのだ。

「司令、エヴァの発進準備整いました」

階下から響くミサトの声。
隣で座り、腕を組んでいるゲンドウが僅かに動いた。

「エヴァの発進を許可する」

「エヴァ発進!」

隣に居ても小さく聞き取りづらかった声だったのに、しっかりとミサトは最後の言葉を放った。
リニアレールを伝い地上へと滑り出していくエヴァ。
これから地上に出て、使徒なる未知の生物と戦うのだ。

どんよりと暗雲漂うアスカの中で一条の光を灯す言葉が舞い降りた。
一体誰が戦うのか。
これから命を懸けて戦うのはどちらのシンジなのだろうか。
自分を冷たくあしらった今のシンジか、自分を見つめて微笑んでくれた過去のシンジか。
暗雲に差し込んだ光が、全てを打ち払った。

「・・・・・・違う」

過去も現在も無い。
シンジなのだ。
これから命を懸けてまで戦おうとするのは、碇シンジ以外の何者でもない。
だからこそ自分は祈らねばならない、シンジの無事を。
そして帰ってきた時は、良くやったと言ってやらなければならない。
今までのように漠然とではなく、しっかりとした意思を持ってアスカはモニターに映るシンジをみた。

「目標内部に高エネルギー反応」

「なんですって!」

発進した直後に騒がしくなる発令所。
続いてオペレーターからの報告がはいる。

「円周部を加速、収束していきます」

「まさか!」

先ほどミサトが言っていた特殊能力を、いち早く理解したリツコが叫んだが遅かった。
まるでアスカの打ち払った暗雲が、そのまま現状に乗り換えてしまったかの様だった。
地上のゲートを開いて地上へと運び込まれたエヴァ。
急停止にその身を揺らしている時、その中にいたシンジは現状をしらなかった。
その身から僅かながらに発光現象を見せている第五使徒。

「ダメ、避けて!!」

『くっ!』

命令通り、咄嗟に身をかわそうとしたシンジだが、リニアレールからのリフトオフがまだだ。
エヴァは身をよじっただけに終わり、光の塊が使徒から放たれた。
丁度エヴァの正面には兵装ビルがあったが、まるで飴のように溶けてしまい光を遮るにはいたらなかった。
兵装ビルと同じようにエヴァの胸部が円状に溶け出した。

『うああああああああああああああああああああああ!!』

一瞬にしてエントリープラグ内のLCLが沸騰し、限界の悲鳴をあげるシンジ。
生と死の狭間にある叫びを聞かされたアスカは、目をそらす事も出来なかった。
目をそらしたくても、耳を塞ぎたくても動けない。
ほんの数秒の出来事が何時間にも感じられ、叫びを聞き続けたアスカのほうが耐えられなかった。
アスカの意識が深く、安らぎの場へと落ちていった。