三日ぶりに学校へと向かう、碇シンジの足取りは重かった。 足を引きずるようにして歩き、手はポケットに突っ込んだままでやけに姿勢が悪い。 眠気からまぶたが半分ほど下りており、遠目にチンピラのようにも見えた。 「ふぁ、あ〜ぁ」 欠伸によってさらに目つきが悪くなった。 先日の使徒戦の疲れと言うこともあるが、その後の方が大変だった。 第三使徒サキエルの光のパイルを初号機が使ったことで、リツコから質問攻め。 どうやったのか、確信があってやったのか、使用時のエネルギー消費等。 質問から気が付けば実験へと移行していた。 メディカルチェックが終わっていたとはいえ、疲労だって溜まっていた。 ようやく解放されたのも、司令であるゲンドウが注意勧告をうながしてくれたからだ。 パイロットの疲労蓄積は望ましくないと。 泣いてしまいそうなほどに父に感謝した。 だが、それも直後に放たれた言葉によって撤回されることとなった。 いかにも今思い出して、ついでだと言う風だった。 「使徒との戦いを、アスカ君にみせた」 聞いてしばらくは開いた口がふさがらなかった。 確かに戦っている最中に、何度かアスカの声が聞こえたような気がする。 シェルターを抜け出し既に見ていたとはいえ、その後も司令塔にまで呼んだと言うではないか。 だいたい使徒は、この第三新東京市が要塞都市と呼ばれる原因そのもの。 最上級機密であることを持ち出せば、 「問題ない」 父の口癖が出た。 めったに笑わないくせに、口元が笑っていたのがむかついた。 だいたいアスカはネルフの関係者でもない一般人である。 機密が秘密にされている理由、関わってしまったアスカの安全性はどうなるのか。 まるでお前が守ってやればよいと言われているようで嫌だった。 そうする余裕がないからこそ・・・してはいけないからこそ、あんな事を言ったというのに。 足取りが重く、色々な事を考えてはいても足は確実に進んでいる。 そうした覚えはないのだが、靴を上履きに変え、教室のドアの前まで来ていた。 ドアの前で、一度ため息をついた。 また今日も無意味な時間を過ごさねばならない憂鬱。 学校へと来る意味を見つけられないシンジだが、諦めてドアを開けた。 「惣流の奴、今日も休みか」 「・・・みたいだな」 トウジが心配そうにポツリと漏らした言葉に、ケンスケが答えた。 やはりあの時一人で行かせるべきではなかったと後悔の念が押し寄せてくる。 あの後散々叱られた後、全ての事を口外しないと誓約書を書かされている間何度もアスカの事を聞いた。 だが返って来たのは、我々の関知する所ではないと言う一様な答えだった。 アスカもそう望んでたとは言え、何故あの時シェルターの外へ出ようなどと言ったのか。 いや、それ以前に妹を守れなかった事を他人のせいにして、シンジを殴ってしまったのか。 後悔が後悔を呼び、降り積もっていく。 「トウジ、お前なんだかこの間からおかしいぞ」 「なんでもあらへん。なんでもあらへんけど・・・」 不安そうに呟かれても、とてもなんでもない風には聞こえない。 やれやれと肩をすくめて、ヒカリの方へと視線をよこした。 対処不能と言う合図にヒカリの方にもため息が見えた。 ヒカリのため息に連鎖反応を起こした様に、ケンスケもため息をついた。 あの日トウジとアスカがシェルターから姿を消し、抜け出したと言う察しはついていた。 問題はその後だ。 何を見てしまい、何をされてしまったのか。 子供相手にそれほど過激な対応をとるとは思えないが、言い切れるものでもない。 欠席中のアスカに、居ても何も教えてくれないトウジ。 圧倒的に情報が足りない中、それを補ってくれるかもしれない人物が現れた。 教室のそこら中から放たれる歓迎されざる視線を気にすることなく、だが不機嫌そうに己の席へと向かうシンジ。 早速聞くべきだと腰を上げたケンスケだが、それより先に動いた者がいた。 もしかしたらシンジが現れるのを待ち構えていたのかもしれない。 「碇、話があるんや」 先ほどまで頭を抱えていたトウジであった。 全く接点のなかった何故トウジがと、屋上での一件を知らないクラスメートの視線が集まっていた。 「ここじゃ、だめなのか?」 「あ〜、そのな。お前のアルバイトについてやから」 「なるほど」 言いにくそうにだが、機転を利かせたトウジの一言だった。 この一言でシンジは上へ行こうと腰を上げ、クラスメートの半分以上がそんなことかと興味をなくした。 ただ、ケンスケとヒカリだけは頷きあってから二人についていった。 屋上にて向かい合うトウジとシンジ。 トウジの後ろの二人については、気付いてはいるんだなと頭に叩き込んだ。 後でプロフィールを参照し、必要があれば監視対象として報告する為である。 「それでアルバイトについて何が聞きたいのさ?」 内容如何によってはっと少し声色を変えての脅しが含まれていた。 それを真に受けたトウジは、慌てて両手を胸の前で振った。 「ちゃうわ!そんな大それた事やあらへん。惣流の事や」 「惣流の事?」 何故アスカの事がネルフと関わってくるのか、疑問符を浮かべた。 「あれから惣流が学校に来てへんのや。もしかして・・・」 「もしかしてって、お前が何を想像しているのか知らないが、惣流ならあの後すぐに家に帰された」 「ほんまか!」 「惣流の母親は、ネルフの司令とも関わりがあったからな。手荒なマネなんてしないさ」 「おい、トウジ一体何を話してるんだよ」 「アスカがどうかしたの?!」 ホッとしたトウジに、不穏な話がどう言う事だと聞き出そうとするケンスケとヒカリ。 呼び出されておいてすっかり蚊帳の外のシンジ。 去り際に誓約書の内容に触れないようにとトウジに耳打ちをしてから屋上を去っていった。 詰め寄る二人を制してシンジの名を呼ぶトウジだが、その足を止めるにはいたらなかった。 眠気などなくとも、ベッドに寝転がっていれば自然と眠ってしまうものだ。 それでも、度を越してベッドに横たわり続けば例外となるだろう。 何も考えることなく眠る事が出来なくなってしまったアスカは、数十回目の寝返りをうった。 その度に顔や肩から滑り落ちる自分の髪の毛。 黒くない、日にかざせばキラキラと輝く赤みが掛かった色だ。 お気に入りの色。 「アスカの髪の毛って宝石みたいにキラキラしてるよね」 お気に入りとなった原因とも言えるシンジの言葉だった。 一時は苛めの原因ともなった色だが、その言葉が全てを忘れさせてくれた。 だが・・・そのシンジが。 「俺には俺の都合があった。お前には関係ない」 自分を俺と呼び、関係ないと突き放したシンジ。 「うあああがぁああ!」 異形の化け物と戦い、悲鳴をあげたシンジ。 今もその声が直接耳に蘇りそうで、遮るように枕を頭の上にのせた。 すべて自分の知らない・・・いないはずのシンジ。 成長期を経ての成長とは違う、言ってしまえば変化だ。 シンジであるはずの人が、全くの別ものに変わってしまっていた。 「アスカちゃん」 自室をノックすると同時に聞こえた母の声。 昔から変わらぬその声に、僅かに平常を取り戻す事ができた。 「学校、今日も行かないの?」 「・・・いきたく、ない」 閉ざされた部屋の中から聞こえた、消えてしまいそうな声にキョウコは眉間に皺を寄せた。 こんな弱気な娘を見たのは何年ぶりの事だろうか。 幼少期の苛めの体験を経て、逆にお転婆と化してしまったアスカ。 そのアスカがまた部屋に閉じこもり、出てくる気配をみせない。 この転機に共通して関わっている人物にキョウコは心当たりがあった。 「久しいな」 電話口で自分が誰だとも名乗らず、放たれた言葉。 一瞬誰かと思ったが、こんな呆れた電話のやり取りをする人物は一人しか思いつかなかった。 かつての親友の夫である。 「ゲンドウさん・・・お久しぶりね。いきなりでびっくりしたわ」 「ああ、すまない」 軽い気持ちで言ってるのだが、真剣な謝罪が返ってくる。 明るくは無いが、こういう所は面白い男であった。 「それで、十年ぶりにどんな御用かしら」 「先ほどアスカ君に、シンジのすべき事を見せた」 「アスカちゃんに!」 まだ非常警戒宣言が終了して間もない頃だった。 となると、先ほどとは非常警戒宣言の最中と言う事になる。 ゲンドウの口から聞かされた内容には、腰が抜けそうになった。 シェルターをクラスメートと一緒に抜け出した事や、エヴァの下敷きになりかけた事。 怪我がないと言う報告が奇跡のように思えた。 「でも・・・なんの説明もなしに、なぜアスカちゃんに」 「中途半端な絆など、邪魔なだけだと言う事だ」 そこでブチッと切れた電話に、キョウコの頭もブチッと切れかけた。 よりにもよってあの男は愛娘を邪魔とまで言ってのけたのだ。 二度とかけて来るなと言う呪詛と共に受話器を叩き付けた。 鼻息巻いてドシドシ歩いていた時に、アスカが帰ってきた。 今のような状況で。 あれから自室へと引きこもってしまったアスカ。 今ならキョウコも、少しはゲンドウの言葉を理解できた。 エヴァンゲリオンなる物と関わっていく事は危険でしかないと言うことなのだ。 親友の口ぞえがあったとはいえ、だからこそ自分はゲヒルンを辞めたのだ。 エヴァが動いていると言うことは、シンジがこの第三新東京市に帰ってきたのだろう。 そうなれば自然とアスカはシンジの側へと歩み寄ろうとする。 親としては愛娘を危険から遠ざけるべきだろう・・・だが。 愛娘のアスカがアスカたるためにはどちらが良いのだろうか。 それを決めるのは自分ではない、アスカ自身だ。 「シンジ君のこと、好きなの?」 普段なら大げさな身振り手振りと共に大声を上げて来るはずの質問。 ドアを隔てた向こうから、もぞもぞと動く音だけが聞こえ、 「・・・わからない」 消えそうだが、しっかりとした声。 「最初はただ、久しぶりに会ったことが懐かしくて・・・でも、あのシンジの目。昔と似ても似つかない」 「それで、アスカちゃんはどうしたいの?」 どうしろ、何をしろとは言わない。 あくまでアスカ自身の答えを待つ。 「・・・したい。シンジとお話したい。笑って欲しい」 「だったら、いつまでもお部屋に閉じこもってちゃ駄目でしょ」 幼子をあやす時のように、優しくさとしてやる。 会話が途切れ、シンとなった数分後。 「うん」 小さな呟きが、部屋の中からもれてきた。 とたんにバタバタと騒がしくなる部屋の中、時折何かに蹴躓いた様な悲鳴も聞こえた。 これから学校へと向かうつもりだろうか、時計を見やるとすでに午後三時を過ぎていた。 このままじゃ間に合わないと思うと、とある場所へと電話を掛けに行くキョウコ。 折角のアスカの勢いを無駄にしてしまうには惜しかったのだ。 「ええ・・・家のアスカちゃんは強い子ですもの」 なにやら電話をしつつメモっている。 そこへ荒々しく足音を鳴らして走ってくるアスカ。 「ママ、私これから学校に!」 「はいはい、ストップ。その前にちゃんと髪の毛梳かして、身だしなみをきちんとしないとね」 「そんな時間ないわよ。早くしないと学校が終わっちゃう」 時計をチラチラ見ながら慌てるアスカの髪の毛は、所々が跳ねていた。 手櫛だけで押さえつけようとしているが、長時間癖付けられた髪の毛はそう簡単には治らない。 まずは落ち着きなさいと一枚のメモをちらつかせるキョウコ。 娘とは対照的に涼しげに笑っていた。 「シンジ君の家の住所、二人っきりの方が好都合でしょ?」 茶目っ気一杯のウィンクを投げる母に思いっきり抱きついた。 コンフォート17のエレーベーターを出て、玄関の並ぶ廊下に出た時、シンジは我が目を疑った。 鈴原とか言う生徒の話では、自分が居ない数日を含めて学校に来ていなかったはずのアスカ。 そのアスカが何故か自分の家の前の玄関で腕を組んで待ち構えていたのだ。 あまりの唐突さに、冷徹な仮面を被ることさえ忘れてしまっていた。 「やっと帰って来たわねバカシンジ。この私を待たせるなんていい度胸じゃない」 何処に仕舞っていたのか、訳のわからない自身と共にシンジに歩み寄る。 なんと答えればよいのか逡巡し、出た言葉が、 「あ、ただいま」 お帰りとは返って来なかった。 変わりに振り上げられた彼女の手のひらが、綺麗にシンジの頬にヒットした。 殆ど人のいないマンションの廊下に響くキリの良い音。 その後には、呆然とするシンジとしてやったり顔のアスカがあった。 「この私の顔を叩いておいて、その程度で済ませてあげるんだから感謝しなさいよね」 未だ呆然としているシンジに、玄関を開けろと催促してくる。 一体なんなんだろうと言う疑問を持ちつつ鍵を開けると、ズカズカあがりこんで行く。 その姿が凄く、腹を抱えてしまいそうになるほどにおかしかった。 よく自分が主導権を握って無視できていたとも思う。 相手はあの惣流・アスカ・ラングレーなのだ。 思えば、アスカを虐めから助けたことなど数回。 その後アスカは一人で虐めを跳ね返し、調子に乗って虐める側にまわりもしていた。 と言っても、当時アスカが虐めるのは自分だけで、他の誰かが手を出すと激しく怒ったものだ。 僅かに笑んでしまうが、直ぐに取り繕い玄関を閉めリビングへと向かった。 一方不意をついて僅かだがシンジの仮面を剥がす事に成功したアスカ。 リビングのテーブルに腰を下ろすと、今さらながら心臓の鼓動が鐘を鳴らした。 実は行き当たりばったりだったのだ。 内心これでよかったのか、これからどうしようか迷っていた。 オロオロとする心を隠しながら、お茶を用意しだしたシンジを見ている。 「さ、サンキュ」 「それで・・・惣流は何しに来たの?」 お茶を差し出されると同時の単刀直入だった。 何しにと言われても、シンジに笑って欲しくて来たなどと言えるわけが無い。 「久しぶりに会ったんだし、この私とお話するのが嫌だって言うの?」 「いや、別に」 喧嘩腰になってしまう言葉に、アスカは頭の中で悲鳴をあげた。 もっと柔らかく遠まわしに言えないものかと。 一人焦っていると、今度はシンジの方から口を開いた。 「でも俺は言ったはずだ。俺に構うなと」 心臓をつかまれた様にドキッとしたが、なんとか声を絞り出せた。 「それって・・・危険だから?でも、あれは私がシェルターを抜け出したからで」 「それだけじゃない。惣流も見ただろう、あの化け物を。あれを倒せるのはエヴァンゲリオンだけだ」 「だから何よ」 なんとなくあの巨人が凄い力を持っているという事を言おうとしているのは解る。 だが、シンジが何を言いたいのかは、全く理解できないでいた。 そこは全てを知る者と知ろうとしない者の差だ。 根本的にアスカの関心はシンジであり、エヴァなど大きな人形でしかない。 「エヴァに乗ることの出来る俺は、格好の道具なんだ。金儲け、政治の取引、利用の仕方なんていくらでもある。一番危険なのはエヴァでも使徒でもなく、俺なんだ!」 「それって・・・」 ここまで言えば、さすがに諦めるだろうと思ったシンジだが甘かった。 急に顔を赤らめ、モジモジし始めたアスカ。 盲目下にある少女の思考回路は無敵。 「私が大事だから・・・危険な自分から離れて欲しいの?」 時間が止まった。 もちろんそれはシンジの主観的な感覚であり、アスカは連続した時間の中でシンジを見つめている。 自分が放った言葉は、おおむね心の内を正直に放った言葉だ。 しかし、アスカが受け取った意味とは果てしなくニュアンスが違っているはずだ。 どう返答すればよいのか、コチコチと時計の秒針の音がやけに大きく聞こえた。 十秒、二十秒と返答が遅れていった。 大体どう答えても望んだ結果が得られる気がしない。 肯定すれば、告白となりアスカは自分に付きまとうようになるだろう。 否定したとしても、だったら何故と堂々巡り・・・その前に殴られると思う。 流石にこれだけ黙っていると、アスカの顔に違ったのかと不安と応えてくれないイライラが溜まり始めた。 神の使者を二体も倒したくせに、シンジは神に祈った。 この状況を打破する奇跡を。 そして願いは届き、使者が現れた。 「あ〜、さっぱりした」 ガラっと洗面所のドアを開けて現れたミサト。 その身から湯気を出し、短パンにタンクトップとかなりラフな出で立ちだった。 ガシガシと強引に髪に付いた水分をふき取ると、ノーブラの胸が大げさに揺れた。 今度体感時間が止まったのはアスカの方だった。 「風呂上りと言えば〜。ビール、ビールっと」 ミサトの方は未だシンジたちに気付いておらず、ビールの有る冷蔵庫に一目散。 プルトップを開け飲み干し、何時もの奇声を上げてからようやく気付いた。 「ってシンジ君、彼女連れ込むならこっそりやらなきゃ。お姉さん嫉妬しちゃうぞ」 「か・・・葛城さん」 ミサトから視線をアスカに戻した時、俯いて震えていた。 告白まがいの言葉を投げかけられていたのに、浴室から妙齢の女が出てくれば当然だろう。 沸点を越して爆発数秒前、容赦なく噴火した。 「このエッチ、スケベ、変態。信じらんない!!」 アスカの手のひらがシンジの頬を往復した。 よっぽどの威力か、そのまま椅子ごと倒れてしまうシンジ。 そしてアスカは最後に、バカシンジと叫んで出て行ってしまった。 やっちゃったかなとミサトは頬をポリポリと掻き、シンジは倒れたまま。 ゴソゴソとようやく起き上がると、何事も無かったかのように椅子を建て直し、自室へと向かおうとするシンジ。 なんとなく後味悪いなと思ったミサトが声をかけた。 「ねえ、シンジ君。追いかけなくていいの?」 「これで良いんですよ。葛城さんには感謝しますよ」 自虐的ですらない言葉に、ミサトは引っかかった。 やはり先ほどわざらしく登場した事に間違いはなかったようだ。 ビールを一旦手放すと、自室へ戻ろうとするシンジにテーブルに座るよう促す。 「なんですか?」 「いいから座んなさい」 シンジがしぶしぶ座ったのを確認すると、言った。 「悪いとは思ってたけど、さっきの話は殆ど聞いてたわ。聞こえちゃったと言ってもいいけど。確かにシンジ君の言うとおり、世界に二人しかいないチルドレンは貴重だし、金銭的に利用しようとする人もいると思うわ」 家にいる時ではない、ネルフにいるときの作戦部長の顔にシンジは頷いた。 「だからこそネルフは全力でシンジ君の安全を確保しているわ。もちろんその安全の範囲は、シンジ君の交友関係だって例外じゃない」 「解ってますよ」 「だったら追いかけて。付き合う、付き合わないにしてもちゃんと答えてあげなさい」 シンジは静かに首を横に振った。 好きだとか好きじゃないとか、根本的に違うのだ。 「俺はネルフを信じてます。何より父さんの組織だし」 ミサトには疑問しか浮かばなかった。 シンジの好みなど知らないが、十分すぎるほど可愛い子だった。 そんな子を袖にする理由が思い浮かばなかったし、 ネルフを持ち出したのは自分だが、恋愛話をするにはシンジの顔は笑っていなかったのだ。 「俺が一番信じてないのは、俺なんですよ」 今度こそそれは、自虐的なニュアンスを含んだ言葉だった。 |