シンジが携帯に出てから数分後、鳴り出した非難警報。 屋上に取り残されたアスカたちは、先日と同じように学校から最寄のシェルターへと急いだ。 シェルターの入り口では市民登録からの確認をして、あとはシェルター内で何かが過ぎ去るのを待つだけ。 先ほどの事があって不安が全く無いわけではないが、 二度目の避難警報ともなれば、口を開くような余裕が出来ていた。 「惣流、あの転校生の事・・・なんか知っとるんやったら話してくれんか」 シェルター内は十分な空間が持たれており、それぞれのグループがそれぞれの思いで時を過ごしている。 そしてアスカたちのグループでは、神妙な顔つきでトウジが切り出した。 ためらうように目を伏せたアスカの答えを、トウジは正面からじっと待った。 屋上でシンジは、自分が一体何を許せなかったのか、何に怒りをぶつけたかったのかを見抜いた。 その後に続いた叫びからも、シンジが同じ思いを抱えている事が解る。 「傷つくべきは・・・死ぬべきは俺だったんだ。なのになんであの時、俺は!!」 あの時の言葉は、半端な思いでは叫べない。 自分は転校生の事を知らなければならない。 知ってからもう一度、転校生と言葉を交えなければならないのだ。 「シンジには・・・・・・妹がいたの」 うつむいたままのアスカが呟いた。 その肩は震えていた。 同時刻、地上ではエヴァンゲリオンに搭乗したシンジが射出された頃だった。 シンジには、レイと言う双子の妹がいた。 幼少期は背格好もシンジと変わらず、良く似た笑顔で笑う子だった。 何処へ行くにも一緒で、何をするのも一緒の二人だった。 その姿は両親であるゲンドウとユイの仕事場でも見られ、アスカとはそこで出会った。 ゲヒルンと言う研究機関でリツコが相手をさせられた三人の子供とは、シンジとアスカとレイだったのだ。 レイは少し体の弱い所があったが、常にベッドの上と言うわけでもなかった。 三人一緒に砂場で遊び、泥だらけになって帰って起こられたこともあった。 沈んでいく夕日に、何時までも沈まないでと願ったほどに大切な、かけがえの無い時間だった。 三人が六歳になるまでは・・・ そこで一旦アスカは間をあけた。 勢いで喋れてしまうほど、軽い話ではなかったからだ。 トウジたちも、いつの間にか止まってしまった呼吸を意識して再開した。 アスカは伏せていた顔を上げて、話を続けた。 その日、病気でベッドに眠っていたのはシンジの方だった。 自分もお見舞いに行ったから良く憶えている。 レイではなくシンジが病気だった事も良く憶えている理由だろう。 高熱とまでは行ってなかったのか、割と元気そうだった。 母親に持たされた花束を渡して少し言葉を交わすと、長く居て移ると行けないからと帰らされた。 玄関から家を出ると、レイをつれたシンジの母親も外へと出てきていた。 買い物に行くらしいが、レイを連れて来たのは、目を離すとシンジのそばから離れないかららしい。 それを聞いて甘えん坊とレイをからかってから、手を振って別れを告げて家へと帰った。 それがレイと言葉を交わした最後だった。 家についてから母親の帰りを待っていると、らしくないほどに慌てた様子で帰ってきた。 断片的にしか言葉を理解できず、事故だとか、飛び出したとしかわからなかった。 何も解らないままに連れて行かれた先は病院で・・・布を被せられ寝ていたレイがもう動かないと教えられた。 トウジはじっと耐えるように聞き入り、ケンスケとヒカリは喉を鳴らしてつばを飲み込んだ。 「シンジが寂しがるといけないからと、ユイさんを急かしたらしいわ。それで飛び出して車に・・・」 涙声が混じりだしたアスカをヒカリが支える。 「たぶん、シンジは今でもその事を自分のせいだと思ってる。あの時自分が病気になら無ければって」 「すまんかったな惣流、辛い話させてもうて」 慰めるようにアスカに言葉を送ると立ち上がった。 その顔にはどこかしら決意が宿っている。 だがそれを隠すかのように頬を掻いて笑った。 「ワシ、ちょっと便所行ってくるわ」 「ば、そんな事一々言わなくても行って来ればいいでしょ!」 「確かに」 顔を真っ赤にさせてヒカリが怒鳴った。 真面目な話を聞いていたはずが、その後にトイレなど何を考えているのかと憤慨する。 ケンスケも同じように呆れ、一言漏らした。 二人に対し、すまんすまんと悪びれもせずに行ってしまうトウジ。 「全く、デリカシーって物がないのかしら」 「ま、トウジだからね。・・・でも」 ケンスケの中では、トウジの今の行動が何か引っかかった。 確かにデリカシーもないし鈍い男だが、心遣いの皆無な男では決してない。 それでも、わざとそうする理由が思いつかなかった。 ぶつぶつと文句を言いつつアスカを気に掛けたヒカリだが、アスカの涙はすでに止まっていた。 いや、涙を拭って無理やり弱気な心を払拭し様としていた。 トウジと同じように気丈にも笑い、そっとヒカリに耳打ちをした。 「あ、アスカまで・・・」 「あははは、言うこと言ったら気が抜けちゃって」 笑いながら立ち上がると、そそくさとトウジの後を追い始めたアスカ。 その進む先はトイレとは全く違うが、やっぱりとアスカは走り始めた。 トウジは、シンジを・・・転校生ではなく碇シンジを見届けに行ったのだ。 シェルターを抜け出すことがどんなに危険な事かと知りながら。 この要塞都市と呼ばれる第三新東京市を襲う何かと戦うシンジを見届けるために。 自分はどうするべきか。 シンジに無視をされっぱなしなど、精神的に長日耐えられるものではない。 ならば答えは一つだ。自分も見届けにいくしかない。 エヴァンゲリオン。ケンスケが口にしたその名は、アスカの耳に強くこびり付いていた。 使徒から数キロの地点に射出された初号機。 前回とは違い、今回はシミュレーターでも使っていたパレットライフルが与えられていた。 通じるかどうかと言う疑問はあるが、接近戦のプログナイフよりはいくらか気が楽だった。 そのパレットライフルの銃口を使徒へと向けた。 「サキエルとは形状が全く異なることから、攻撃方法が全く読めないわ。十分に気を付けて」 「了解」 まだ呼称が決定していない第四使徒は、第三使徒のサキエルよりもさらに奇妙な格好をしていた。 第四使徒を見た後では、サキエルでさえ人型という点でまともに見えた。 第四使徒の姿は頭部が三角形の蛇が、まるで凧のように宙を浮いてやってくるのだ。 エヴァンゲリオンの存在に気付くと、水平にしていた体を垂直に起した。 高まる緊張。 使徒が顔の下にある牙か、腕かを両脇に広げた。 それが合図であるかのように、シンジが手元のレバーを引いた。 ばら撒かれる弾丸。 着弾の煙が予想以上に巻き上がり、一切の視界を閉ざしてしまう。 『まずいわ。シンジ君、一旦下がって!』 命令通り下がろうと右足を下げた瞬間、着弾の煙の一部が盛り上がった。 反射的に掲げたパレットライフルが真っ二つに切れた。 「プログレッシブナイフ!」 反射的に叫んで、ウェポンラックに収納されていたナイフを取り出す。 パレットライフルを叩き割ったのは光っている鞭の様なものだった。 煙の中へと引っ込んでいく鞭を目で追っていて反応が遅れた。 引っ込んでいくのとは別に、煙を裂いて向かってくる鞭。 真下から打ち上げるようにきた鞭がプログレッシブナイフを、エヴァの手から弾き飛ばした。 「チッ!!」 腕は二本あったのだ。 十分予測できたはずなのにと舌打ちする。 『予備のパレットライフルを出すわ。十三番!』 この時武器を無くしたシンジは焦っていた。 そしてやってはいけないミスをしてしまう。 着弾の煙が晴れ、次第に姿を見せ始めた使徒に背を向けて武器射出口へ向かってしまった。 街全体を震わせるように、無様に倒れ伏せるエヴァンゲリオン。 その足には使徒の持つ光の鞭が絡み付いていた。 「しまっ!!」 後悔しても遅い。 使徒を中心として弧を描くエヴァ、背中から叩きつけられた。 フィードバックで背中に衝撃を感じ息が詰まった。 そして鳴り響くアラーム音。 場所はアンビリカルケーブルのジョイント部分だ。 背中から叩きつけられたことで異常が発生したのだろう。 電源供給のタイムリミットが五分からどんどんへっていった。 「ケーブルパージ!」 正常な電源供給が出来なければ、行動を制限する縄でしかない。 叩きつけられた状況から体だけを起すと、片足に絡み付いた光の鞭を殴りつけた。 まるで痛覚が通っているかのように、使徒が体をくねらせた。 だがエヴァを放す様子はなく、そのまま初号機を投げ飛ばしてしまった。 またしても視界が回転し、三半規管が馬鹿になりかける。 なんとか頭から突っ込むのを回避して、背中から山肌にぶつかった。 山肌が崩れ、エントリープラグ内にアラームが鳴り響いた。 今度は何処だと毒づくが、異常警報ではなかったらしい・・・ある意味もっと最悪だった。 エヴァが手をついた場所、ちょうど指と指の間には人がいたのだ。 「アスカ・・・それに」 そこに居たのは、アスカとトウジの姿だった。 「シンジ君のクラスメート!?」 「そんな、アスカ!」 ミサトとリツコが、エヴァからの映像を見て叫んだ。 エヴァの指の間で、震えながら顔を青ざめさせている二人。 一般人の安全か、使徒の殲滅を優先かわずかな時間思考が止まった。 何をすべきか答えたのはシンジだった。 『一時退却します。使徒に弾幕を、プログレッシブナイフを二本用意してください!』 この際誰からではなく、何をすべきかの方が重要だった。 オペレーター達だけでなく、ミサトもシンジに従った。 「弾幕急いで。一番近い回収口から回収して、諜報部もケージに待機!」 「地上のプログレッシブナイフを回収してる暇はないわ。新品を出してちょうだい!」 すぐさま指示と同時に激を飛ばす。 発令所のモニターに映し出されていたエヴァは、そこにあった土ごと二人を回収して走った。 その背の向こうでは、使徒が襲いくる弾幕によって行く手を遮られていた。 「予備の武器は!」 アスカとトウジをケージの適当な場所に下ろすと、エントリープラグを出て叫んだ。 誰がとは特定できなかったが、今準備中だと声が返ってくる。 言われなくても解っているとは解っていても、急いでくださいと苛立たしげに叫ぶシンジ。 ATフィールドを持つ使徒を弾幕程度では長時間足止めなど出来ない。 焦りから迅速なはずのネルフ職員の対応も遅く感じられた。 「シンジ!」 今は準備を待つしかないのかとエントリープラグへ戻ろうとしたシンジを呼ぶ声が上がった。 ケージに下ろされたアスカである。 危うくエヴァに押しつぶされかけたのだ、トウジ共々腰をぬかして持ち込まれた土の上に座り込んでいた。 それでもその胸中だけはシンジに近づこうと思い切り叫んでいた。 急がねばならない状況のネルフ職員の手を一時止めてしまうほど、大きな声だった。 だがシンジの足を止めるには至らず、声そのものが聞こえていない様にシンジはエントリープラグ内に消えた。 何処からか準備OKだと叫ばれ、プログレッシブナイフが用意された。 それらをエヴァに持たせ、射出口へと向かうシンジ。 「シンジ!!」 先ほどよりも更に声を張り上げたアスカだが、やはりシンジの歩みを止めることは出来なかった。 リニアレールで地上へと向かって走り出したエヴァ。 不可抗力とは言え戦いの邪魔さえしてしまったのに、怒鳴るわけでもなく、 無事だった事を喜んで優しい声をかけるわけでもなく、まるで自分が見えていないかのような対応。 そこに自分とシンジとの間には深くて長い溝があるように思われた。 今のシンジにとって自分は、気に掛ける必要すらない人間なのだろうか。 どう声をかけてよいのか迷っているトウジと、思案しているアスカの下に、黒服の諜報部がやってきた。 シェルターを抜け出し、更には戦いの邪魔をしてしまったのだ、身構えるトウジ。 アスカは未だエヴァが射出されていったリニアレールを見ている。 「惣流・アスカ・ラングレーさんだね。碇司令がお呼びだ」 返事の無いアスカへ諜報員が手を伸ばすと、トウジがそれを遮った。 「なんで惣流だけなんや。惣流をどうするつもりや」 「君達に選択権は無い」 手を出させるものかと立ちはだかるトウジに、諜報員の手が懐へと伸びた。 銃などではなく軽ダメージのスタンガンをとりだすつもりだろうが、まさかと青ざめるトウジ。 「碇・・・碇所長、司令?」 リニアレールの方を見ていたアスカが、記憶の扉を開けて呟いた。 ふと頭をよぎったのは、白衣を着た男だった。 「待って、連れて行って。おじ様の所に」 振り向いてそう言ったアスカは、シンジとの間にある溝を渡る方法を見つけた気がしていた。 シンジがわけのわからない物のパイロットであり、自分を避けようとする態度。 全く状況がつかめない現状から、少しでも何かを教えてくれる者がいる。 自分の考えが正しければ、碇司令とはシンジの父親だったからだ。 「久しぶりだな、アスカ君」 「おじ様」 椅子が一つだけ用意された高所にアスカは案内された。 そこで待ち受けていたのは、やはりシンジの父親であるゲンドウだった。 しかしシンジ同様、どこか自分の記憶の主と一致しない雰囲気があった。 記憶の中のゲンドウは白衣を着ており、今はネルフのものらしき制服を着ている。 そんな外見的な事だけではなく、内面的なこともそうだ。 元来無口な性格だったが、記憶の中のゲンドウは包みこむような父性にあふれていた。 それが今や、他者・・・自分を圧迫するようなプレッシャーを与えている。 「碇・・・私は席を外しているよ」 「ああ」 ゲンドウの圧倒的な存在感に気付かなかったが、聞き覚えのある声。 「冬月先生?」 「君も大きくなったもんだ」 そう言って自分の頭を撫でていったのは、母達がかつて先生と呼んでいた人だった。 由来などは知らないが、自分もそう呼んでいた。 何時の頃からか要塞都市と呼ばれ始めた第三新東京市。 名前が変わり、シェルターや妙な規約が出来始め、知っている街がどんどん変わって行った。 変わって行ったとは感じていたものの、その中身を全く知らなかった。 そこに住んでいた人、自分の想像以上に何かが変わっていたのかもしれない。 『あああああああああああああああ!!』 突如響いたシンジの叫び声。 それに続くように、階下では何かの命令や激が飛び交っている。 正面に移った巨大なスクリーンでは、外で見た何者かと戦うシンジが見て取れた。 「シンジ」 我知らず呟いていた。 「アスカ君、シンジの戦いを良く見ておけ」 ゲンドウはそれ以上何も言ってこなかった。 こういう人なのだ。 何かを強制する事は一切無い、ただ道を示すだけ。 だが、示された道には必ず何かしらの意味があるはずなのだ。 二本のプログレッシブナイフだけで、実際シンジは良くやっていた。 鞭とナイフとの単純な間合いの話だけではない。 恐らく先ほど鞭を殴ったときの痛がり様から、あれは腕なのだろうが、 予測不可能なその軌道、何かが動いているとしか認識できないぐらいの次元の速さ。 不利な要素しか存在しないこの現状を、過去十年の経験と感だけでしのいでいた。 「くっ、右!」 エヴァの右手を肩の辺りに持ち上げると、プログレッシブナイフに火花と共に掛かる重圧。 それがふっと軽くなっても安心できない。 今度は左手のプログレッシブナイフを正面に突き出し、迫る鞭を上方に弾いた。 防戦一方、まさにその言葉がふさわしく、シンジは第四使途にまだ一太刀も入れていなかった。 いや、近づく事すら容易には叶う事が無かった。 一度ミスをすれば終わりと言うシビアな状況の中で、シンジの体力と精神力がどんどん減っていく。 こんな時は作戦部長たるミサトが何かしらの光明を授けなければならないのだが、 効果的な作戦を思いつくことも無く、下手にシンジに声をかければ集中力を途切れさせてしまう危険もあった。 息の付く間の無い防戦に、僅かにシンジの視界がぼやけた。 見えるはずの無い鞭を目で追い続けたツケであった。 それでもお構い無しに迫ってくる鞭相手に、シンジは大きく後ろへと跳んだ。 アスファルトが無残にも裂かれていった。 「ハァ・・・ハァ・・・・・・」 LCLと言う液体が肺に直接酸素を取り込んでくれるとは言っても、肺は口からの呼吸を欲した。 このままではいずれ・・・いや、もはや防ぎ続ける事は不可能だとシンジは悟った。 しかしプログレッシブナイフでは、刃先が届く前に弾いた鞭が戻ってきてしまう。 パレットライフルのように速く、かつプログレッシブナイフのように強力な武器。 何か無いのかと頭が働くが、無いからこそ渡されなかったのだ。 それでも頭の中では武器に関しての情報があふれ出した。 刀・・・小銃・・・槍・・・投石・・・どれも一長一短、ダメだ。 もっと強く、速く・・・・・・シンジの視線が、ゆっくりと向かってくる使徒の鞭に移動した。 光、そう光のように速く、大地のように強固な。 そう思い至った時、シンジの中で何かが弾けたような鼓動が芽生えた。 そっと右の手のひらを見た、病院で見たときのように。 腹は決まった。 「うおおおおおおおおおおおお!!」 大絶叫と共に、エヴァの左手のプログレッシブナイフが投擲された。 そしてまるでそれに追いつくかのように走り出したエヴァ。 当然発令所内ではこのシンジの行動に大慌てする事になった。 曲がりなりにも防戦に徹しきれたのはプログレッシブナイフが二本あっての事だ。 そのうちの一本を投げつけるなど正気の沙汰ではない。 赤い球に向かって飛んでいくプログレッシブナイフ、使徒は片方の鞭でそれを弾いた。 すぐさませまって行くエヴァにもう片方の鞭を振るおうとしたが、エヴァの左手がそれを掴んだ。 それこそシンジの目論見どおりだ、この使徒は鞭を両手一度に振るえないのだ。 もう二度と訪れない好機に発令所は沸いた。 振り下ろされるエヴァの右手。 誰もが勝ったと思った瞬間、エヴァの右腕が宙を舞った。 「うあああがぁああ!」 苦悶の表情から痛みを声を媒介に表現した。 プログレッシブナイフを弾いた鞭の戻りが予想以上に速かったのだ。 それでも左手に掴んだ鞭をエヴァは離していなかった。 歪んだまま僅かに笑みを見せたシンジ。 奇跡はここからだった。 『うあああがぁああ!』 発令所内に響き渡るシンジの叫び。 エヴァとのシンクロ状況や、意識の有無等の情報が行き交う。 シンジの苦しげな顔がスクリーンに映し出され、アスカは顔を背けようとした。 だができなかった。 ゲンドウにシンジの戦いを見ろと言われたからと言う事もある・・・だがそれ以上に、 今目をそらしたら、二度とシンジのそばに近づけないような気がしたからだ。 「シンジ!!」 これで名前を叫んだのは何度目だろう。 聞こえていなくても、無視されてもいい、ただ何かを伝えたい想いがあった。 スクリーンの中のシンジが僅かに笑った。 聞こえた?想いが届いた? そのどれでもなかった。 アスカの知らない顔で、シンジが笑った。 それは勝利の確信。 「エヴァの右腕切断面に異常発生、細胞が増殖して・・・いえ、右腕を再生しました!」 「なんですって!」 「そんな・・・一瞬で!」 階下で叫ばれた言葉。 そのうちの一人は聞き覚えがあったが、それよりもスクリーン内の大きな人に目を奪われた。 斬られた切断面からボコボコと肉が盛り上がり、元の右手が出来上がっていった。 元の右腕との唯一の相違点は、その手首部分にある穴。 『終わり、だぁ!!』 痛みではない、シンジの必殺の叫びが再び発令所に響き渡った。 手首部分にあった穴が光り、飛び出した。 それはまさに速さと強さを兼ね備えた理想の武器、光のパイルが使徒の赤い球を打ち抜いた。 アスカはその正体をしらなかったが、発令所の者は全員がそれを見たことがあった。 「サキエルの・・・」 「光のパイル」 呆然としたままミサトとリツコが呟いた。 「使徒、完全に沈黙!」 オペレーターから告げられる勝利の声。 信じられない勝利の仕方に、時間遅れで次々と湧き上がる喜びの声。 だが喜んでばかりは入られない、パイロットの収容や、非常事態宣言の解除など次なる仕事へと意識を向ける。 彼らの仕事はまだまだ終わらない。 アスカはスクリーン内で右腕を抑え息を荒げるシンジを、じっと見つめていた。 本当にあれはシンジなのだろうか。 そんな馬鹿みたいな疑問さえうかんでしまった。 わからない。自分は何がしたいのか、どうしたいのか。 「私は・・・どうしたら」 口に出しても何も変わらず、誰も答えてはくれなかった。 |