弐萬二千HIT記念 久しぶりのGet Two

 

Get Two

第九球:月は出ているか

 

ボ〜ン ボ〜ン

 

体に響くような重低音の時計の音が鳴り響いた。

目を開けたときの暗さ加減から、まだ深夜なのだろう。

寝転がったまま首を傾けると、暗闇の向こうから黒い何かがうごめいた。

 

「だっグエェ!」

 

誰だと叫ぼうとしたら、首をつかまれベッドに押し付けられた。

こんな的確に喉を潰せるのは奴しかいない。

 

「・・・は・・く」

 

「静かにしなさい鋼。騒いでいるとクリキントン様がお帰りになってしまうわ」

 

かすれた声で何故か黒いローブを着た琥珀を呼ぶも、謎の言葉と共にあっさりと無視されてしまう。

そんな甘くて黄色そうな奴はいいから、ギブミー酸素!!

この閉まり具合はかなり良い所いってる!

 

「クリキントン様が特別に鋼にお話があるそうよ」

 

そんな事より早く手をどけろ、いい感じに目が霞んできたぞ!

 

「明日の夜、お前は運命的な出会いをするだろう。それは赤き月が空に上る時、ゆめゆめ忘れるでないぞ」

 

先ほどの時計の鐘の音と同じぐらい重低音な声だった。

HI、いい感じに気持ちよくなってきたが・・・

家に鐘付きの時計なんてねー!

ってかこの声は誰だ。クリキントン様なのかー!!

俺の意識が天国へと旅立った。

 

 

 

朝起きると、かすかに黄色く染まっている絨毯。

 

怖!

 

同じく絨毯に転がっている水晶玉・・・触ったらビシッとヒビが入った。

 

怖!!

 

クリキントンだ!

クリキントン様にクリキントンを奉げてお怒りをお静めするしか・・・

お告げを受けた気がするが、憶えてねぇー!!

 

 

 

駄目だ・・・ちょっと小盛りになった食卓の飯も、テレビの中のおばちゃんのパーマ頭も、何もかもがクリキントンに見える!

 

「俺は呪われちまったのかー!!」

 

「っさいわねぇ」

 

メチャクチャ不機嫌そうな寝癖付き琥珀の登場。

不機嫌そうなのに攻撃がないなんて・・・呪いじゃなくて祝福を受けてる?

 

「な〜んか、妙にクリキントンが食べたいのよねえ。今晩はクリキントン以外認めないから」

 

「ば、ばか!クリキントン様を呼び捨てるなんて恐れ多い。様をつけんか様を!」

 

ボグォ!!

 

肌に触れた瞬間にねじれる様にめり込んでいく琥珀の拳、吹っ飛んでいく俺。

嗚呼、さすがのクリキントン様のご加護もこの悪魔の前では無力なのか・・・

 

トスッ

 

あ、でも着地音が優しげ。

 

「馬鹿なこと言ってないでご飯作りなさいよ」

 

「はーちゃん、琥珀ちゃん、おはよぉ」

 

もう少しこの優しげな着地音を堪能していたかったが、我が家で一番年上で一番お子ちゃまが起きてきてしまった。

キリンさんのパジャマは恐れ多いから、今夜はパンダにしような茉凛さん。

 

 

 

 

 

 

わからん。一体俺はどんなお告げを受けたんだ。

取り留めのない事を昼休みになるまでノートに書き散らしても、一向に思い出す気配がない。

このままではクリキントン様に顔向けできん!

クリキントン様の後を継ぐのは、イモキントンでもユリネキントンでもなく、この俺だ!

 

「は、はーちゃん・・・今日は四葉がこれないからってお弁当預かってるんだけど」

 

「おお、悪いな。ってなんだその顔は」

 

具体的に言うと、嫌な粘着質系に迂闊にも触れてしまったときの顔だ。

 

「できるだけそんな顔で生まれちゃいけないと思うよ」

 

「もうちょっと、オブラートに言葉を包めよ」

 

いくら俺でもそんな事を言われれば傷つく。

どうやら本当に怖かったのか、冗談で睨んだから双葉が逃げ出した。

なんとなくメガネを睨んだら、メガネが顔からずり落ちた。ややこしいな。

顔を元に戻そうと顔面体操をしつつ四葉作の弁当箱を開けた。

 

「こ、これは」

 

基本的な玉子焼きや、ほうれん草のおひたしは構わない。

一番俺の心を振るわせた銃弾、白米と言う砂地から赤いルビーである小梅を取り出す。

 

「赤くて、丸いもの」

 

そうだ、赤くて丸いものだ!

クリキントン様のお告げには確か、赤くて丸いものが関係あるはずだ。

小梅を一口で食べる、すっぱい。

だが、違う!

もっと他の赤くて丸いものだ!!

 

それか!

赤くて丸いものを奪い口に入れる。

 

「なにすんだ、俺の林檎がー!!」

 

これも違う、それか!

ぷにっとしている赤い頬っぺた。

 

「セ、セクハラー!!」

 

どこだ。何処に隠した!

 

「素直に隠し場所を吐けー、吐かねば皆殺す!!」

 

「鋼が勝手に壊れたー!」

 

「琥珀ちゃんは何処行った。鋼を止めるには息の根を止めるしかねえ!」

 

「さっき双葉と一緒に何処か行っちゃたわよ!!」

 

まさに阿鼻叫喚と愚民どもが慌てておるわ。

このクリキントン教教祖黒木鋼に逆らうからいかんのだ。

パンがなければクリキントンをお食べ。今日から日本の主食はクリキントンじゃー!

 

「むっ、またもや赤くて丸いもの発見。たー!!」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・グェシャ

 

「わー、鋼が太陽に向かってダイブした!!」

 

「窓閉めろ、外を見るなー!!」

 

 

 

 

 

 

向かい合う俺と、顔が饅頭の女(だと思う)。

 

「シロコシアン、俺はお前がキントンでなくとも構わない」

 

「駄目よ鋼。私はコシアン、キントンの貴方とでは・・・所詮私たちは結ばれぬ運命なのよ」

 

彼女の拒絶の言葉に俺は愕然となった。

運命なんて、運命なんて俺は信じない!

 

「あの日の夜、手を取り合って小豆と栗を裏ごししたじゃないか!」

 

「一時は私も貴方とずっと一緒だと思ってた・・・でももう遅いの、私の頭にはすでに」

 

「まさか、ツブアンをつめ」

 

「言わないで!!」

 

余りの屈辱に俺から顔を背ける彼女。

俺達にとって裏ごしすらされぬものは禁忌だからだ。

 

「さよなら。貴方と居たこの数ヶ月、本当に楽しかった」

 

「待ってくれシロコシアン」

 

まるで根が張ったように動かない足。

 

「さよなら。さようなら、鋼」

 

 

 

 

 

 

「シロコシアーン!!」

 

がばっと跳ね起きた俺の頬を伝う冷たい涙。

って馬鹿!

なにがコシアンだ。なにがキントンだ。そもそもクリキントン様ってなんだー!!

 

「アタシはツブアンの方が好みだがな」

 

あ、春奈さん。ってことは、ここ保健室?

ズキズキと痛む後頭部、間抜けにも太陽に向かってダイブした事を思い出した。

 

「全く、お前が目を覚まさないものだからサービス残業だ。みろ奇麗なお月さんがでてるぞ」

 

「おー、奇麗な満月じゃないですか」

 

闇夜にくっきりと浮かぶ月。赤くて丸いもの。

そうだ。赤いつきが空に上る時に、俺の運命の出会いがあるんだった!

慌ててもう一度月の色を確認。

・・・よかった。普通に黄色だった。

赤かったら春奈さんが運命の人だよ。喫煙者と家事不全そうな人は運命であっても回避だ。

 

「お前、今物凄く失礼な事考えているだろ」

 

「滅相もない。春奈さんのような素晴しい女性と結婚できたらなっと」

 

「ありがとうとは言っておくが、時と場合を選んだ方がいいぞ」

 

火をつけたタバコで指差したのは、保健室の入り口。

そこにいた紫暮さん、俯いて震えてらっしゃる。

 

「春奈の馬鹿―!!」

 

泣きながら走っていっちゃいました。

は〜い、追いかけっこスタート。疲れてるからはやく帰りたいんだけどね。

 

「まあ、責任ぐらいはとっていけ」

 

 

 

紫暮さんを追いかけている途中で、廊下にぐったりと倒れている優希を回収し、今は春奈さんの車の中。

助手席に紫暮さんが座り、後部に俺と今度は車酔いでぐったりとしている優希が座っている。

あの言葉を信じるわけじゃないが、月は未だ黄色く少し安心していた。

茉凛さんほどではないが気が弱すぎる紫暮さんも、体弱すぎる優希もかんべんだ。

 

「おい、黒木鋼。お前ストーカーって人種に心辺りあるか?」

 

何の事だと前方をみると、俺の家の前でうずくまる女の子が一人。

こちらを確認すると、走って向かってくる。

 

「すっげぇー、怖!」

 

ゴィン!

 

「轢いた、轢き殺した!」

 

車に向かって走ってきた少女は、春奈さんがブレーキを踏まなかったせいで容赦なく轢かれた。

俺も紫暮さんも顔を青くして轢いた本人である春奈さんを見た。

 

「失礼な事を言うな、生きてるはずだ。黒木鋼、みてこい」

 

なんで俺がと言う気持ちもあったが、被害者の身の安全が第一だ。

ゲチョグロな現状を想像して覗き込む一歩手前で、

 

ピチョン・・・ピチョン・・・・・・

 

な、なんかしたたってますよ!!

 

「・・・は、がね・・・・・・さまぁ」

 

聞き覚えのある声が聞こえ、声の主が血まみれながら車の底から這い出してきた。

 

「・・・さまぁ。お、べんとう・・・小梅だけしか、食べてくださいま、せ」

 

自身と同じように血まみれな弁当箱を進める四葉。

怖い、怖いよ!!

お前、ちょっとおませな押しかけ中学生女房じゃなかったのか!

痛い女にならないでくれー!!

 

「べ・・・とう、ほら・・・こんなにおい、しそう」

 

中身にまで血がしたたってて、そう思えるかよ。

どうしていいのか迷っていると、春奈さんと紫暮さんが車から出てきた。

他人の血の匂いにつられた優希まで・・・

 

ゴパァ!!

 

こっちもか!

しかも、なぜわざわざ俺の顔目掛けて。視界が全て真っ赤っか。

っは、まさか!

慌てて見上げた月は、血を通してのぞいた為真っ赤に染まって見えた。

 

ウェイト、ウェイト

 

今現在俺の回りに居る女は、合計四名もいる。

一体運命の出会いって誰なんだ!そもそも以前から出会ってるし!!

頭を抱えた俺は、ダッシュで家に入っていき琥珀の部屋を目指して突入した。

 

「なあ、もう一回クリキントン様を呼び出してくれ。もしくは全部嘘だったって言ってくれ!」

 

「わけわかんない事言ってんじゃないわよ。それよりクリキントンはどうしたのよ!!」

 

本日二度目、琥珀の拳が俺を捉えた。

俺と言う存在が全て拡散していくような感覚の中で、俺は全力で突っ込んだ。

結局あの言葉はなんだったんだ!!

 

 

 

 

 

 

「昨日腹話術と水晶占いの練習を同時にしてたのに、いつの間にか寝ちゃったのよね」

 

気絶から起き上がりよくよく問い詰めてみると、こんなお言葉が。

寝ぼけてただけだってのか、この大ボケ娘は。

・・・俺はお前と、闘いたい。マジで。